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盆栽(高松市、国分寺町) 根付き世界に枝張る
世界的な「ボンサイ」ブーム。優れた盆栽を一目見ようと海外から詰めかける愛好家も少なくない=高松市鬼無町
世界的な「ボンサイ」ブーム。優れた盆栽を一目見ようと海外から詰めかける愛好家も少なくない=高松市鬼無町
 山すそ一面に青々と広がる松畑。木々が赤や黄色に色づき秋の深まりを感じる中、季節を忘れさせるような常緑樹の「緑」が鮮やかに映る。

 高松市鬼無地区から国分寺町端岡地区周辺にかけては、松の盆栽で全国シェアの約八割を占める一大産地。樹形の美しさに加え、水はけのよい砂壌土で育った松は「根腐れしにくく、傷まない」として定評がある。

 そんな松盆栽の歴史はさかのぼること二百年。先覚者が付近の山地や瀬戸内海の島々、海岸に自生する木を培養し、販売したことに始まる。一八九四年、国分寺町の末沢喜市氏が、先進地だった鬼無地区の協力で錦(にしき)松の接ぎ木に成功、大量生産が可能となった。

19回目を迎えた「きなし盆栽植木まつり」。会場には盆栽や植木約5万点がずらりと並び、大勢の買い物客でにぎわった
19回目を迎えた「きなし盆栽植木まつり」。会場には盆栽や植木約5万点がずらりと並び、大勢の買い物客でにぎわった
 右肩上がりで推移してきた生産も、第二次世界大戦で生活がひっ迫、作物生産のために畑一面の松は薪に姿を変えた。こうして一時途絶えた盆栽も、戦後、畑の隅にわずかに残っていた松の接ぎ木により復活。戦後の経済成長と盆栽人気で一気に需要が拡大、次々と名品を送り出し、全国に「香川」の名を広めた。  近年は、住宅環境の変化やライフスタイルの多様化などにより国内市場は伸び悩んでいるものの、世界的な「ボンサイ」ブームで、欧米やアジア向けの輸出が盛んになっている。

 「盆栽に親しみ、魅力を知ってもらいたい」。そんな思いで開催している振興策の一つが「きなし盆栽植木まつり」。今年は、特産の錦松や黒松、五葉松など約五万点が並び、大勢の愛好者でにぎわった。「来場者は年々増えており、海外から愛好家が詰めかけるなど国際的な広がりをみせている」と中西輝哲県鬼無植木盆栽センター組合長。市場開拓を狙った生産者らの努力は実を結びつつある。

猪尻山のすそ野にある盆栽神社。敷地内には錦松の元祖・末沢喜市氏の石碑が建てられている=国分寺町新居
猪尻山のすそ野にある盆栽神社。敷地内には錦松の元祖・末沢喜市氏の石碑が建てられている=国分寺町新居
 しかし、後継者不足という深刻な問題は残る。現在、盆栽農家は約二百七十戸。栽培面積も一九六〇年代の最盛期の半分以下まで激減している。

 若手職人で構成する「鬼無盆栽後継者倶楽部」には、次代を担う二十―四十歳代の男性八人が所属している。うち最年少の鬼無町藤井の北谷隆一さん(20)は、「北谷養盛園」の四代目。「何となく」で進んだ盆栽の道も早三年。少しずつ盆栽の面白さを実感できるようになってきたといい、「一つでも多くの知識や技術を学び、いい作品を作っていきたい」と意欲を燃やしている。

 樹木や草花をつかさどる神様を祭っているといわれる盆栽神社(国分寺町新居)では三十日、松盆栽の発展を願った大祭が催され、十一月二―四日は国分寺町橘ノ丘総合運動公園を会場にグリーンフェスタ国分寺が開かれる。「盆栽県・香川」の名前を守り続けようと励む若者たち。そんな熱意が神様の御心にかなうことを願わずにはいられない。

 文・荻田 晃子(観音寺支局)  写真・山崎 義浩(写真部)
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