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白下糖づくり(津田町) “伝承の味”守れるか
 午前四時。手先のかじかむ中、夜が明ける何時間も前から白下糖づくりは始まる。津田町津田の山田琢三さん(68)方では、約二百年の歴史を持つ昔ながらの讃岐の砂糖づくりをかたくなに守り続けている。
もうもうと立ち込める湯気の中、昔ながらの共同作業で糖汁を煮詰めていく=津田町津田、山田さん方
もうもうと立ち込める湯気の中、昔ながらの共同作業で糖汁を煮詰めていく=津田町津田、山田さん方
 「終戦直後の物がない時代には、大変な収入になったと聞いている」。琢三さんの長男で白下糖づくり五代目の泰三さん(42)は、江戸時代から塩、綿とともに讃岐三白と呼ばれた特産品の最後のピークを話す。

 当時、山田さん方のある羽立地区だけで約二十軒、現在の津田町全域では約四十軒の農家がサトウキビの絞り汁を煮詰め、白下糖をつくるための釜を据えていたという。しかし、昭和二十年代半ばを過ぎると安価な輸入砂糖が台頭し、多くの農家がまたたく間に窮地に追い込まれ、次々と精糖から離れていった。

サトウキビの糖汁を煮詰め、鮮やかなあめ色に炊き上がった
サトウキビの糖汁を煮詰め、鮮やかなあめ色に炊き上がった
 「うちは、しにせのせんべい屋さんとの取引が長かったから残っただけ」。県内で唯一、大量の白下糖を精製する山田さん方では、製品のほとんどが、独特の堅さで知られる讃岐を代表する和菓子、瓦せんべいの原料になっている。

 泰三さんは白下糖の味を説明する時に瓦せんべいを取り出す。「この色合いはまさに白下糖の色。ものすごく堅いのに、口に入れるとさっと溶けるのも、独特の香りも砂糖の特徴が生きている」という。

 いまのところ売り先には困っていないが、問題となるのが原料のサトウキビの確保だ。サトウキビの品質は白下糖の味の決め手となる。

炊き上がった白下糖は、釜から取り出して温度を下げる
炊き上がった白下糖は、釜から取り出して温度を下げる
 山田さん方では、毎年、大川郡を中心に県内で栽培された約百十トン余りのサトウキビを使っての白下糖を作る。しかし、白下糖づくりには「津田町周辺の砂地で採れるサトウキビが最高」という。砂地は水はけが非常によいため米作りには不向きだが、畑作やサトウキビには向いている。

 「この先も今の農家がずっとサトウキビを作ってくれるかどうかが問題。サトウキビがないことにはやっていけん」と原料確保に頭を悩ます。国内の原産地で現在でもサトウキビの栽培が盛んな奄美地方や沖縄県産の使用も考えてみたが、南国産のサトウキビでは育ち過ぎて鮮やかなあめ色の白下糖には仕上がらない。

 「向こうの方が暖かいので、長期間栽培できるが、味が変わってしまう。アクが抜けきらないので砂糖をつくるといわゆる黒糖になってしまう」。

素焼きの冷やしかめに移して自然に冷ます(上)。徐々に結晶ができ始めた白下糖(下)
素焼きの冷やしかめに移して自然に冷ます(上)。徐々に結晶ができ始めた白下糖(下)
 サトウキビも白下糖も生産者の高齢化は着実に進行している。二百年以上の歴史を持つ白下糖づくりの技を守り続ける人も県内で数えるほどしかいない。「子供が継いでくれるかどうかは分からないが、この技術は伝えたい。これは紙に書いて残せるもんじゃない」 。

 サトウキビや白下糖の生産に県や農協などの支援はほとんどないという。山田さんの言葉には、先人の汗によってつくられ、磨かれてきたかけがえのない技を守らんとする意気込みがみなぎるが、実行は容易ではない。

 文・靱 哲郎(報道部)  写真・鏡原 伸生(写真部)
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