半夏のうどん(県内全域)

2000年7月10日

節目の日のごちそう

新しい麦を使った「半夏うどん」。ゆで上がったうどんは冷たい井戸水で洗い、お母さんたちが慣れた手つきで玉にとった=綾南町滝宮
新しい麦を使った「半夏うどん」。ゆで上がったうどんは冷たい井戸水で洗い、お母さんたちが慣れた手つきで玉にとった=綾南町滝宮

 一杯百円、二百円。その安さとセルフ方式に戸惑う県外人も多い。讃岐といえば、「うどん」。いまでこそ全国ブランドに成長、うどん店巡りが密かなブームだ。が、かつては農家にとって農作業の節目の日の「ごちそう」だった。

 「『半夏半作(はんげはんさく)』いうてな。昔は半夏(七月二日ごろ、今年は一日)までに田植えを終えるのが目安だった。それを過ぎると稲の育ちが悪うなって、秋の収穫が減るといわれた…」

 夏至から数えて十一日目。忙しかった麦刈りや田植えを済ませ、農家の人が半日、地域によっては一日ゆっくり骨休めするのが半夏(半夏生)と、綾南町滝宮の大熊喩さん(83)。「毎年、半夏の時分になると、新麦を持ち込んでくる農家が増え、そりゃあ、忙しかった」。府中ダム建設で立ち退く昭和三十九年まで、綾川べりで最後まで水車を回し続けた大熊さんはそう言って懐かしむ。

 新しい麦で打つ打ちたてのうどんは、張りと風味があって、白く輝いていた。土三寒六(夏は塩一に対し水三、冬は塩一に対し水六の割合)の塩加減で生地を練り上げ、ござをかぶせ、足で踏む。新麦はグルテン(植物性のタンパク質の一つ)がとりわけよく出て、コシのあるうどんに仕上がったとか。

うどん、はげだんご、しょうゆ豆にモモ。半夏の日の農家の食卓に並んだメニュー
うどん、はげだんご、しょうゆ豆にモモ。半夏の日の農家の食卓に並んだメニュー

 料理研究家の丸山恵子さんによると、半夏うどんの食べ方は県内でもさまざま。水車(車屋)が多く、うどんを打つ習慣が盛んだった綾南町では「冷たい井戸水で冷やし、煮干しでとったつけ汁でいただくのが一般的」。綾上町東分では、タケノコでとっただしをかけて食べた。六月下旬に出るマダケは、コンブと同じ「うま味」を持ち、煮干しとともにだしをとると美味だった、と丸山さん。ジャガイモ、タマネギ、油揚げのしっぽくうどんもある。食べ方には、農家の工夫や各家庭・地域の味があった。漁師の多い瀬戸内の島々では、半夏にうどんを打って食べる風習は少ない。

 「はげだんご」も半夏に欠かせぬ伝統の味。小豆あんをまぶしても、つるつるして斑(まだら)になるため「はげだんご」と呼ばれたとか、「はんげだんご」がつづまったなど諸説あるが、うどんとともに農家の食卓を彩った。もぎたてのモモもこの日が食べ始め。収穫したばかりのソラマメでしょうゆ豆も作った。自然の恵みに感謝しながら、田植えで疲れた体を癒(いや)した。

「うどんは腰で打つ」。家庭でのうどん打ちはあるじの仕事だった(左)。大がまを使ってゆでると風味豊かなうどんの出来上がりだ
「うどんは腰で打つ」。家庭でのうどん打ちはあるじの仕事だった(左)。大がまを使ってゆでると風味豊かなうどんの出来上がりだ

 減反や機械化の進行に加え、水事情もすっかりよくなった近年。兼業農家では、六月上旬の土・日曜日に早々と田植えを終える。「家族や親類、近所のもんが総出で"人海戦術"を繰り広げた昔ながらの田植えが消えたように、半夏にうどんを食べる理由も薄れた」と大熊さんは言う。「半夏は『半夏じまい』言うて、阿波から讃岐山脈を越えてやってきた借耕牛(かりこうし)や田植えの早乙女さんに田植え賃を支払う日だったのを知ってますか」。

 特別な日の味から、日常の味となったうどん。「半夏から盆にかけて打つ塩気の効いた、うどんがうまいんじゃ。昔はうどんにも、それぞれの家庭の味があったのう」。久々に麺棒(めんぼう)を握った大熊さんの手に力が入った。

文・山下 和彦(報道部)  写真・山崎 義浩(写真部)