サワラの押し抜きずし(県内全域)

2000年5月15日

春を彩る讃岐の味暦

 「先祖から受け継がれてきた風習ですよ。確か二百六十幾つあるはずです」

 黒光りのする吹き抜け玄関の大壁(一・二×五・四メートル)を指差すのは塩江町安原上の谷口利夫さん(83)。指の先には竹くぎで打ち付けたサワラの尾がビッシリ幾何学模様のように並ぶ。

 サワラにかける讃岐人の思いが伝わる風習だ。

サワラの白、新豆やサンショウの青が目にも涼やか。「これがないと春が来た気がしない…」。囲炉裏端のサワラ談義は続く=塩江町上西
サワラの白、新豆やサンショウの青が目にも涼やか。「これがないと春が来た気がしない…」。囲炉裏端のサワラ談義は続く=塩江町上西

 讃岐には春魚(はるいお)、麦うらし、さわら初穂などと呼ばれる農村部を中心とした風習がある。その主役がサワラの押し抜きずしだ。意味には幅があるが、共通するのは、麦刈りや田植えを前にした麦秋の農閑期を旬のサワラ料理で骨休めする点。

 若嫁の里帰りの際、サワラ一匹を持たせ、親里で刺し身や吸い物にするほか、片身で押し抜きずしを作り、婚家へ持ち帰らせる地域もあれば、田植えなどを手伝ってもらう人たちをサワラ料理でもてなす地域もある。尻尾(しつぽ)を玄関に打ち付けるのは魔除けや家の羽振りを示すステータスなどの説がある。

 「サワラ漁はイカナゴで始まり雷で終わる。雌雄の区別は顔が優しそうなのが雌といえるくらいかな。十四、五年前までは嫁の里帰り用にとたくさん頼まれたものだ」とは、サワラをさばいてくれた塩江町の旅館業松岡耕三さん(51)。

 この日の一本は五・四キロ、卸値がキロ当たり四千円。松岡さんは「去年はキロ七、八千円もしたから漁獲も少しは上向いてきたようだ。十年くらい前は七、八百円だったからな」と包丁を動かす。

サワラの尾を竹くぎで打ち付けた玄関の大壁。讃岐人のサワラへの思い入れがしのばれる=塩江町安原上、谷口利夫氏宅
サワラの尾を竹くぎで打ち付けた玄関の大壁。讃岐人のサワラへの思い入れがしのばれる=塩江町安原上、谷口利夫氏宅

 県水産課によると、県内のサワラの漁獲量は昭和六十一年の千七十五トンをピークに激減。平成九年は五十七トン、十年は十七トンにまで落ち込んだ。原因は乱獲やエサとなるカタクチイワシ、イカナゴの減少などが挙げられる。これを受け、十年からは秋漁を全面休止し、種苗放流などの措置を講じた結果、十一年度は二十二トンにまで回復した。今年度は四十トン程度まで回復してほしいと期待を寄せる。

 すしづくりをお願いした同町上東の藤沢敬子さん(62)ら藤沢姓の人たちで作る藤沢会のメンバー六人は、「これがなければ春が来た気がしない」と慣れた手つきで扇や梅などの木型にすし飯を詰める。上置きにサワラ、フキ、新豆などを並べて押し抜くと、サンショウの香りとともに色鮮やかな一品が仕上がる。

 機械化、兼業化など、この二、三十年で農業や農家を取り巻く環境は一変し、風習本来の意味を知る世代は減る一方だ。

 「詳しい意味までは知らないけど、この味は子供たちも大好きみたい。シーチキンマヨネーズみたいなのもあるけど、讃岐の味として是非残したい」と話すのは、高松市香西本町の主婦上久保まゆみさん(40)。

 押し抜きずしを囲む囲炉裏端(いろりばた)のサワラ談義は続く。これに春を感じる讃岐人の"味暦"を証明するように―。

レシピ
レシピ
 材料 サワラ、フキ、新ソラマメ、サンショウ、卵、ハラン

 調理法 (1)サワラは切り身にし、塩をして一晩冷蔵庫で寝かす。押す約2時間前に酢に漬けると程よく身が締まる(2)すし飯は昆布と酒を入れて固めに炊く(3)合わせ酢は米1・8リットルに対し、酢200cc、砂糖220グラム、塩35グラム(4)ソラマメは塩ゆでして味を付け、フキも味を付け小口切り。卵は薄焼きにする(5)押し抜き型の下にハランを敷いてすし飯を置き、サワラ、卵、ソラマメを配置良く並べ型抜きする。サンショウの葉をたたいて飾る

文・岩部 芳樹(西讃支社)  写真・鏡原 伸生(写真部)