てっぱい(県内一円)

2000年1月17日

心をつなぐ古里の味

 「よっしゃ、ようにもんどけよ」「こんなとこ保健所に見つかったら怒られるで」―。吹く風も冷たい師走の朝。日焼け顔に帽子がよく似合う男たちが、腕によりをかけて自慢の料理に奮闘していた。

秋から冬の讃岐の味を代表するてっぱい。地域によって味付けや具に特徴がある「ご当地自慢」の郷土料理だ=高瀬町下麻
秋から冬の讃岐の味を代表するてっぱい。地域によって味付けや具に特徴がある「ご当地自慢」の郷土料理だ=高瀬町下麻

 ダイコン、ニンジン、キュウリ、ネギ、タマネギに加えてリンゴやカキなどの果物もみえる。もちろん主役の生魚の切り身もたっぷり。薬味のトウガラシやニンニクの強い香りが食欲をそそる。

 晩秋から冬にかけての讃岐を代表する郷土料理「てっぱい」。フナのことを鉄砲と呼んだことから「鉄砲あえ」という名がつき、やがて「てっぱい」となった。フナやコイを三枚におろし、細く切って塩酢に漬け、数時間置いたものを白みそであえ、ダイコンやニンジンなどをまぜ合わせると出来上がり。酒のサカナや夕食のおかずとして、冬場の食卓に並ぶ。

 その昔、海で捕れる新鮮な魚の入手が困難だった農村で、ため池で捕れるフナやコイなどを食べてタンパク源を補給したことが始まりとされる。先人たちが生み落とした生活の知恵は、「ため池の数日本一」という地理的条件がアシストした歴史の必然でもある。

 農作業の合間の休日。一軒の家に地域の人々が集まり、手作りのてっぱいをあてに酒をくみ交わした。サカナはこれと世間話。気心の知れた仲間同士、てっぱいをつつく箸(はし)は進み、杯はどんどん重なる。「めおい」と呼ばれた讃岐の風習だ。

この時期の寒ブナは臭みも少なく、生食にはもってこい。各地のため池などで漁獲風景がみられる=資料=
この時期の寒ブナは臭みも少なく、生食にはもってこい。各地のため池などで漁獲風景がみられる=資料=

 冒頭で紹介したのは、高瀬町内の有志でつくる「朝日山森林公園を守る会」(大西良一会長)の会員たち。年末の一斉清掃の後、山頂の茶店で忘年会を開いた際の一コマだ。恒例の「めおい」には、具だくさんの特製てっぱいが欠かせない。フナを使うのが一般的だが、今回は山頂の池で捕れたコイを使った。

 てっぱいは各地で具材や味付けに違いがある。独特のくせは、ご当地の「顔」だ。「腕自慢の連中が集まっとるからなあ。でも、話し合って味を調整していくのが楽しいんよ」。そう言って味付けを見守る大西会長は本当に楽しそう。

 高瀬町下麻の石井義一さん。自他ともに認める「てっぱいの第一人者」だ。幼少のころからてっぱいの味に親しみ、大人になってからはシーズンが来ると漁に出かけ、包丁片手に自慢の腕を振るっている。

 「臭みの消し方がポイント。トウガラシなどの薬味に加えてレモンを使うこともある」。調理手法には長年の経験からくるこだわりがある。しかし時代とともにてっぱいの需要は減ってきた。「今はいつでも海の魚が食べられるから。息子なんかは好きじゃないみたいやなあ」。そう話す石井さんは少し寂しそうだ。

酢に漬けこんだ切り身をダイコンやニンジンなどとまぜ合わせる。全体に味を染み込ませることがポイントだ=高瀬町下麻
酢に漬けこんだ切り身をダイコンやニンジンなどとまぜ合わせる。全体に味を染み込ませることがポイントだ=高瀬町下麻

 にぎやかな笑い声が夜遅くまで響く「めおい」。大皿いっぱいのてっぱい、次々と空になるビールや一升びん。てっぱいは地域の団結や協調性を養った会合の主役だった。慣れ親しんだ味が共有財産となり、人々の心をつないでいた。

 飽食の現代。海魚の代用という、古来からのてっぱいの使命は薄れた。「食べる機会は減ってきている」という声も聞こえてくる。独特の味には好き嫌いがあり、確かに万人受けする食べ物ではないのだろう。

 だが、貴重なタンパク源として淡水魚に白羽の矢を立てた先人の知恵、地域の団結に寄与した使命はしっかりと受け止めたい。脈々と受け継がれてきた独特の味が鼻にツンとくる。歴史の重みを感じる一瞬だ。

文・黒島一樹(観音寺支局)  写真・久保秀樹(写真部)