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讃岐さつま(西讃) 身近な食材おいしく
西讃の家々に伝わる「さつま」は、おばあちゃんの味。核家族化の影響で、食卓に上る機会もめっきり減った
西讃の家々に伝わる「さつま」は、おばあちゃんの味。核家族化の影響で、食卓に上る機会もめっきり減った

 あつあつのご飯に香ばしい味噌(みそ)と胡麻(ごま)の香り。焼き上げた白身魚をほぐして、胡麻味噌であえ、冷ました魚の煮だし汁でのばした西讃地方独特の味が「さつま」と呼ばれる料理。おばあちゃんから代々、その家々に受け継がれてきた家庭の味だ。

 「鯛(たい)を使うのは年に数回。最近では鯛が手に入ったときなどに、お客さまをもてなすために作ります。珍しいといって、みなさんから大変喜ばれています」

 そう話してくれたのは、詫間町箱地区で「三世代ふるさと料理教室」の先生として活躍している稲田ミチヱさん(75)。稲田さんに「さつま」を再現してもらった。

 七輪でまるまる一匹をじっくりと焼き上げる。「香ばしくて、味がまるで違うんです。こうやって強火の遠火で焼くとね」と稲田さん。調理はシンプル。しかし、おいしくいただこうとすると結構、手間がかかるそうだ。だから最近、この辺りでも「さつまをする」という話は「ほとんど聞かなくなった」と言う。

 かつてはチヌやメバル、ボラなど白身魚で「さつま」を作ることが多かった。「うどんでも打つか」という感じで、「さつまでもしようか」と…。

 そんな「さつま」も、実は西讃の一部地域にしか伝わっていない。

 「子どものころ、食べた記憶はあるが、自分で作ったことはない」(山本町、八十一歳)▽「見たこともないし、作り方も知らない」(同、六十歳代)▽「『さつま』という言葉も料理も知らない」(高瀬町麻地区)▽「豊浜へ嫁に来て初めて食べた」(観音寺市新田町出身)などなど。

 「寒ボラやチヌなどがたくさん取れたとき、よく『さつま』にした。いまの季節はチヌの身が痩(や)せて魚自体がおいしくない。捨てるのは、もったいないから。いまは結婚式の引き出物の鯛ですることが多い」(豊浜町)▽「婚礼の鯛や焼き魚が残ったときによくする。魚をたくさんいただいたときにも。昔はイリコでも『さつま』を作っていた」(大野原町井関)。

 さて、「さつま」のルーツだが、諸説あって定かではない。観音寺市八幡町の讃岐習俗参考館の荒木計雄館長(78)は、「鹿児島から日向、延岡、佐伯、宇和島と海岸づたいに伝わってきたことは確か。どこもすりつぶした白身魚を味噌であえるという基本は同じだ」と言う。どんぶりにご飯を盛って、中まで味が染みこむよう十文字に箸(はし)を入れ、「さつま」をたっぷりとかけた。丸に十文字の形が、薩摩藩島津家の家紋に似ているから、そう呼ばれるようになったのではないかとも。

さつまのレシピ
 「ただ、間違いなく言えるのは、腐りやすい魚を上手に食べた先人たちの知恵の料理、庶民の味であるということ。味噌を焼くか焼かないかは『こうすれば、よりおいしくなる』という、先人たちの工夫のたまもの。郷土料理とはそういうもの」と荒木さん。「それに昔、この辺りはコメも十分収穫できず、腹いっぱい食べることができなかった。『さつま』は身近にある食材を上手に使って、われわれ庶民が満腹感を味わうための料理だったはず。一種の“増量作戦”です」。

 いつの間にか、家々から姿を消し、特別なもてなしの料理の意味合いが濃くなった「さつま」。おばあちゃんから伝えられていった素朴な味も核家族化、そして巷(ちまた)にあふれる豊富な食材の影響で、ちょっぴり贅沢(ぜいたく)な味になってきているようだ。

文・山下 和彦(生活文化部)  写真・久保 秀樹(写真部)
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