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カンノメ(詫間町志々島) 高齢化する伝統の味
 ♪餅(もち)をつかない団子の島は人もまん丸にこにこと

 詫間町志々島に伝わる歌の一節で島人たちは「カンノメ」のことを、こう表現する。カンノメはコメの粉を小判型に丸めて蒸した、めでたい正月団子。この島は数ある塩飽の島々の中で、餅をつかぬ島として知られている。

餅をつかない志々島では、小判型のコメの団子を作って新年を迎える=詫間町志々島
餅をつかない志々島では、小判型のコメの団子を作って新年を迎える=詫間町志々島
 「戦国時代、土佐の長宗我部氏に攻め入られ、対岸の雨霧山(天霧山)に居城した香川氏の家臣たちが年の暮れの落城とともに島に逃げてきたのがきっかけ。いつ、敵軍が攻めてくるか分からない。島は餅つきどころではなかった」

 温暖な冬とはいえ、海風が冷たいある日、島に奥田政男さん(82)を訪ねると、そう言ってカンノメの由来を教えてくれた。奥田さんは、かつてこの島で公民館長を務めた生まれも育ちも志々の人。毎年、新しい年の朝は、ダイコン、ニンジン、里芋、豆腐とカンノメを入れ、牡蠣(かき)でだしを取った味カイ(みそ)仕立てのカンノメ雑煮で「祝う」という。

 カンノメの作り方は極めてシンプル。うるち米七に餅米三を混ぜて洗い、ざるに上げ、一晩おいて臼(うす)で挽(ひ)いた粉をぬるま湯で練り上げる。薄く小判型に丸め、後は蒸籠(せいろう)で約二十分間蒸せば出来上がり。餅米を蒸してからつく餅と比べて、カンノメは丸めてから蒸すのが違いだ。かつて粉は唐臼(からうす)で挽いた。

具だくさんの志々島の雑煮
具だくさんの志々島の雑煮
 「餅は粘っこく、よくのどに詰まらす人がいるでしょう。団子には、それがない。雑炊やぜんざいにしてもとろけないし、団子の方が数段おいしい」

 正月前になると、島ではどの家も神前に供えるカンノメ、丸いコメの団子、きび団子など五種類の団子作りに精を出した。粉に挽くのは大変だったが、みな、それぞれに風味があった。

 「年の初めは、縁起を担いで小判を供えたいが、そんな金はないもんだから、せめて小判型をした団子を作って供えた。落人伝説から餅をつくのは、縁起が悪いとも。長宗我部氏が攻めてこなければ、団子ではなく餅だったかもしれん」

志々島の正月の神棚。カンノメと薄くイチョウ型に切ったダイコン、ニンジンがこうして供えられる
志々島の正月の神棚。カンノメと薄くイチョウ型に切ったダイコン、ニンジンがこうして供えられる
 詫間町に編入された四十五年前、八百五十人ほどいた島の住民も、いまでは三十九世帯約五十人、住民の大半は八十歳以上という。世紀を超えて代々、伝えられた家々の味も、島の過疎化とともに知る人は激減している。

 「餅だ、団子だと騒いでみても、もうすでに遠い昔の思い出。いまは餅も買う時代。島で団子を作る人も少なくなった」

 この味と歌に込められた和やかな島の心の風景だけは失いたくないという奥田さんも、いまは丸亀市民。島の家と先祖を守るため、丸亀と志々島を行き来する日が続く。

 文・山下 和彦(生活文化部)  写真・鏡原 伸生(写真部)
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