かまどの蒸籠(せいろ)がひゅーひゅー鳴る。蒸し上がった真っ白なモチ米が石臼(いしうす)の中で湯気を上げる。いつもは森閑とした境内に威勢のいい杵(きね)音が響き出す。
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| 朱のわんに映える、もちの白とあんこの茶色。讃岐人の正月には欠かせぬ味だ |
古くから「讃岐二の宮」と呼ばれた高瀬町羽方にある大水上神社(宮本寿宮司)の、もちつき風景だ。
「もちがつけて一人前。数えの十四くらいで、皆つけるようになったもんだ」と話すのは同神社の氏子らでつくる寿会の近藤友八会長(75)。
「八人兄弟の上に、叔父家族も同居。十三人家族だったころは、大なべで毎朝六十個くらいの、あんもちを炊いとった」。お母さんたちが手際良くあんを詰めて丸める傍らで幼い日の思い出を話すのは氏子の一人、宮崎賢三さん(58)。
「白みそあんもち雑煮」。香川県人の多くが支持してやまない正月の味だ。脚光を浴び出したのはここ十数年。雑煮特集などで変わり種の横綱のように言われて、皆が気付いた格好だ。
幼い時から慣れ親しんだ者には何の違和感もないが、初めて見聞きする者は仰天するらしい。
「えー。甘い白みそとあんこ」。県外人のほとんどが口にする疑問に、香川民俗学会の丸山恵子さんの答えはこうだ。
「昭和三十年くらいまでは甘いものは大変なごちそうだった。まして明治のころなら讃岐三白とはいえ、庶民の口にできたのは、ねば砂糖などと呼ばれた白下糖。それも病気をした時や盆、正月などの『なんぞごと』の時くらいだった。白みそも特別な時だけ。ふだんは質素に暮らして、せめて正月くらいは、と考え出したのが始まりでしょう。とても豊かな雑煮です」
白みそあんもちとはいっても、だしや具、添え物など家の数だけ種類があるといわれる雑煮。家々に伝わってきたわが家の味も、羽根つきやコマ回しといった正月風景と同じように、核家族化や都市化の波に洗われようとしている。
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| 1年の平安を願い家族や親戚(せき)などで囲む、白みそあんもち雑煮。会話も笑顔も弾む=高瀬町、大水上神社 |
高松市内の主婦、多田裕子さん(59)は、「たとえ世の中がどんなに変わろうとも、この味だけは変えません。二十一世紀へ引き継ぎます」と自信を見せる。「東京で暮らす長男は正月に帰省すると、この味で故郷を感じている様子。嫁いだ長女は、お節づくりから初もうでまで私と同じようにやっているみたいだし、やがて三歳になる初孫にも、この味を覚えさせます」と笑う。
幼いころにすり込まれた味覚は、確かに断ち難い。広島県から坂出市内に嫁いだ福井好子さん(42)は結婚当初、「あんもちでなければ、ちゃぶ台をひっくり返された奥さんがいたらしい」と夫から暗に脅された様子を笑いながら打ち明ける。
年頭に、神々に供えた物と同じ物をいただき一年の平安を祈る。雑煮の起源という。そこには、先人たちの暮らし方の知恵も見てとれる。ハレ(晴れ)の日とケ(褻)の日の明確な区別だ。日常は粗食で過ごし、盆や正月などハレの日には精いっぱい食卓をにぎわす。
「元旦(がんたん)からカレーや弁当だったり、年中がハレの日のような飽食の時代。今一度、かつてのメリハリのある暮らし方、食生活を見直してはどうでしょう。粗食は粗食なりにビタミンやアミラーゼなど栄養学の上でも先人たちの工夫が随所に施されているのに驚かされます」
丸山さんの指摘は、現代人や二十一世紀に生きる者たちに、生き方の根本を問い掛けている。


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| 代表的な元日の膳(ぜん)。黒豆、数の子、ニシンの昆布巻き、大根の生酢が並ぶ。彩りもよく、思わず背筋が伸びるようなハレの日の品々だ |
タブーT
もちをついてはならない日がある。果ての二十日と巳の日。
旧暦十二月二十日は果ての二十日といい、罪人の首を斬(き)る日とされ、忌(い)み嫌われた。巳の日は正月を前に、新仏に一足早く正月を迎えさせる“仏の正月”。その年に死者のあった家で亡者のためにもちをつく日とされ、避けた。西讃の真言宗の家を中心に守られている。
また、二十八日は「火がさとい」(火事になりやすい)といったり、二十九日は九が重なるといって避けるところが多い。
タブーU もちをつかない志々島
正月にもちをつかない地域としては、詫間沖の志々島が有名。落人伝説が投影されている。
戦国時代、対岸の雨霧山にこもっていた香川氏が土佐の長宗我部氏のために居城を落とされ、手傷を負った家来たちが島まで生き延びた。
その日は大みそか。島の人はもちがつけず、以後、島では正月にカンノメを食べるようになったと伝えられる。
カンノメは、米の粉をひいて作った小判型の団子。雑煮の代わりに赤みそ仕立てにして食べるという。
似たもの同士 松江などでは善哉風に
山陰地方の城下町・松江、鳥取市内などは「小豆雑煮」。ゆでたもちの上に甘く煮た小豆を載せた善哉(ぜんざい)のような雑煮で祝う。
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| 懐かしい昭和30年ごろの讃岐の正月風景。女の子は晴れ着で羽根つき、男の子はコマ回しやタコ揚げに歓声を上げた=資料 |
東西の違い 四角い切りと丸いゆで
大別すると、四角い切りもちを焼いて使う関東に対し、丸もちをゆでて使う関西という構図になる。
もちは「望」に通じ、鏡もちの形でも分かるように丸もちが本来の形。だから切りもちの場合は焼いて丸くする。
江戸はすまし仕立て、上方以西はみそ仕立てが一般的。武家社会の江戸では「みそをつける」という言葉を嫌ったらしい。
具の意味 里芋で「人の上に立つ」
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| 白い湯気が立ち上る中、威勢のいい杵音が響く。昔はもちがつけたら一人前と認められたという=高瀬町大水上神社 |
大根と金時ニンジンは必ず入るといっていい。それ以外では油揚げ、豆腐、里芋、ゴボウ、白菜、春菊、三つ葉、ネギなどのバリエーションがある。
大根や金時ニンジンは、輪切りにする所と短冊やイチョウ型に切る所がある。輪切りには今年一年が丸く収まるようにとの意味が込められているという。
里芋はヤツガシラ(八つ頭)とも呼ばれることから「人の上に立つ」、豆腐の白を白壁に見立てて「蔵が立つ」などの意味付けをすることもある。
青菜物は「菜を食う」(泣く)といって嫌い、七日、七草の「菜の口開け」までは根菜だけを使う所もある。
故事・言い伝え
雑煮の箸に太箸を使うのは、足利七代将軍義勝が八歳で位に就いた翌春、雑煮の箸が折れ、その秋、落馬して死んだので、以後、太箸を作らせるようになったという。
県内でも「末代の丸箸づくり」といって、もちつき用の薪を作る際、真っ直ぐな松の木を選んでおき、年末に家族全員の丸箸を作る風習がある。
▽参考文献
「讃岐の暮しと民俗」(上、下)武田明著/「日本の食生活全集(37)・聞き書香川の食事」農文協編/「料理暦」小松崎剛著/「日本歴史大辞典」河出書房
文・岩部芳樹 (西讃支社) 写真・久保秀樹 (写真部)
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