稚児の滝(坂出市)

2001年6月18日

伝説秘める幻の瀑布

 大地に雨が降り注ぎ、山々を巡った水は谷を行き、時に滝となって流れ落ちる。豪快なものから繊細なものまで、季節や時間、天候によってさまざまな表情をみせる滝は、まさに自然が悠久の時を経て作り上げた芸術品。眺めているだけで心がすーっと落ち着いてくる。

「稚児の滝」は白峰山の北側に位置する。西に広がるのは坂出市街。ぽっかりとした雄山と雌山の奥には瀬戸大橋
「稚児の滝」は白峰山の北側に位置する。西に広がるのは坂出市街。ぽっかりとした雄山と雌山の奥には瀬戸大橋

 環境省の調べでは、落差五メートル以上の滝は全国に二千五百カ所近く。そのほかに「幻の滝」と呼ばれる滝も数多い。何とも心そそられるネーミングだが、実は香川にも、まとまった雨が降らないと現れない幻の大滝がある。坂出市・五色台の西の端、白峰山にある稚児(ちご)ヶ嶽(がだけ)。断崖(だんがい)絶壁から流れ落ちる「稚児の滝」は水の高さ百メートル。文句なしの県内最大級の瀑布(ばくふ)だ。

 各地の滝にはさまざまな伝説がつきものだが、この滝の由来は神の代までさかのぼる。

 …昔むかし、このあたりの海に悪魚が現れ、船や人を飲み込むので人々は困り果てておった。時の景行天皇は日本武尊(やまとたけるのみこと)(一説には武皷王(たけかいこおう))を八十八人の兵士とともに退治に向かわせた。魚はやっつけたが兵士は毒気に当たり、気を失ってしまった。その時白峰山の方から雲に乗って瓶を持った神童が現れ、瓶の水を兵士たちに与えると皆蘇(よみがえ)ったそうな。その神童が飛び帰っていった山を稚児ヶ嶽といい、そこから稚児の滝と名付けたという…

地図

 滝の上流にある四国霊場八十一番札所・白峯寺。近くには四国唯一の天皇陵、崇徳天皇陵が控えている。滝の源は寺の前の小さな流れ。陵のすぐ下を通り、稚児ヶ嶽の絶壁から地上へと落ちていく。お寺の住職を務めていた三好実峰さん(83)は「普段は湿っている程度。その代わり、山が浅いから大雨の後は立派な滝になるんです」と話す。

 滝を見るには石段の参道を行くのだが、下の入り口の道幅は狭く、車は置かない方がよい。白峯寺の駐車場に車を止め、そこから参道を下るコースがいいだろう。水量が十分なら参道の途中からも見えるそうだ。

 梅雨の雨が一段落した日の午後。ウグイスがまださえずる参道のわきからは、ちょろちょろとせせらぎが聞こえてくる。滝の下にある青海地区の人が「普段は小便小僧みたいや」と言ったのを思い出しながら足を進めたが、音だけで水は全く見えない。石段の上り下りが足にきつい。

 「近くまで行けるけど、気ぃつけまいよ」。三好さんの言葉を胸にさまよっていると、滝の流れ落ちる寸前まで行けるけもの道を発見。ほとんど竹やぶをかき分けながら進む。水の音が大きくなるにつれて気持ちは高ぶる。やっと流れに出会えた時は、既に崖(がけ)の先。もう一歩先、もう一歩先へと思うが足が震えて動けない。ちらっと見た下界に流れ行く水は滝と呼ぶにはほど遠く、まさにお湿り程度。しかし次の瞬間、吸い込まれるような高さに立った自分の体から流れ出した汗が滝のようだった…。

まとまった雨の後しか見られない県内最大級の「稚児の滝」。次に現れるのはいつの日か…=資料(1999年、さぬき浜街道から)
まとまった雨の後しか見られない県内最大級の「稚児の滝」。次に現れるのはいつの日か…=資料(1999年、さぬき浜街道から)

 ピーク時には約一キロ離れたさぬき浜街道からも見えるようだが、この日は引き返す近くの道からも大きな岩の壁しか見えなかった。そう簡単に出会えては幻とは言えないのだろう。とりあえず次回は下から見ようと思ったし、それがおすすめだ。

 一九九〇年に選定された「日本の滝百選」に県内の滝は入っていない。でもそれで良かった。大きく騒がれたおかげで周りの自然が荒らされるかもしれない他の滝をよそに、稚児ヶ嶽はどっしりと構えている。

 「この滝ですか。地球がある限り残りますわいな」。三好さんの言葉がとても印象的な梅雨の晴れ間だった。…と締めくくりたいのだが、まとまった雨、どうか降って下さい。

文・村川 信佐(観音寺支局) 写真・久保 秀樹(写真部)