藤尾神社の社叢(高松市西植田町)

2001年5月14日

新緑もえる信仰の山

 「どっしりと構えた雰囲気のある山。地域の人々の暮らしを見守ってくれているという安心感がある」

深山幽谷のムードが漂う藤尾山。大木の上から社殿の屋根がわずかにのぞく=高松市西植田町
深山幽谷のムードが漂う藤尾山。大木の上から社殿の屋根がわずかにのぞく=高松市西植田町

 高松市南部の西植田町にある藤尾山。標高一六三・八メートルの山頂に藤尾八幡神社が鎮座するこの山は、古くから山全体が社叢(しやそう)であると同時にご神体とされ、地域住民の信仰を集めている。昔は社殿がなく、住民は山そのものを麓(ふもと)から見上げて拝んでいた。

 神格視されてきた社叢は手つかずの自然林が保たれ、アラカシ、ウラジロガシ、ツブラジイ、クスノキなど広葉樹の大木が生い茂る。県内では希少種のイチイガシやカギカズラなども見ることができる。

 「学術的にいえば、これほど規模の大きい常緑広葉樹林は、ここと金刀比羅宮の社叢くらい」。藤尾八幡神社宮司で元香川大農学部教授(林地環境学)の吉田重幸(70)さんは、専門家の見地から藤尾山の価値を説明する。

 県は一九七九年、「優れた天然林の保全」を理由に、藤尾山と周辺の三七・三ヘクタールを「県自然環境保全地域」に指定。指定地域は藤尾山を含めて県内に四カ所しかなく、伐採や土石採取などに関する規制を設けた。

 しかし、指定当時の代表的な植物だったアカマツ林は松くい虫の被害に遭い、八〇年代後半にほぼ全滅。吉田さんは「昔は樹齢二百年から三百年のアカマツがいっぱいあった。その松の高木にヤマフジが絡み、花が咲くと、山に紫色の雲が懸かったようだといわれた」と振り返る。

貴重な天然林が残る藤尾山は、一帯が県自然環境保全地域の指定を受けている(航空写真。1989年ごろ)=吉田重幸氏蔵=
貴重な天然林が残る藤尾山は、一帯が県自然環境保全地域の指定を受けている(航空写真。1989年ごろ)=吉田重幸氏蔵=

 新緑や紅葉の美しさでも知られる藤尾山だが、フジの花の美しさは山の代名詞だった。松の被害とともに一時見られなくなったヤマフジだが、十年余りが経過してまた徐々につるを伸ばし始めているという。自然の力は、年月をかけてかつての美を再び取り戻そうとしている。

 県自然保護室は「人工林は手を入れないと荒廃するが、自然林は自然の状態が保たれていることに価値がある」と説明。藤尾山は植物が林や森を形成する遷移の過程で、最終段階の極相林に近づいているという。

 今年も新緑の季節を迎え、山には新たな生命の息吹と活力がみなぎっている。月二、三回のお参りを欠かさないという同市西植田町の中山憲士さん(50)は「うっそうとした林道を社殿に向かって上がっていく道中がすばらしい。木々の間を歩いている間に、気持ちが落ち着き、なごんでくる」と話す。生い茂る植物には盛衰、変遷があるものの、氏子らの信仰と敬愛の精神に守られ、山の緑はさらに深まっていくばかりだ。

地図

 吉田さんの父で先代宮司を務めた故吉田重福氏の著作「爺(じい)は宮に」には、父の訓戒として山の木々に対する強い畏敬(いけい)の念がつづられている。

 「藤尾様の木にさわるな。さわると生き時まで生きられぬ。(略)藤尾様が一番お嫌いなのは鋸(のこ)や斧(おの)の音であると、(略)」

文・靱 哲郎(報道部) 写真・久保秀樹(写真部)