唐櫃の清水(土庄町豊島)

2001年7月9日

緑豊かな島の原風景

 小豆島西方の瀬戸内海に浮かぶ豊島。土庄町に属するこの島の最高峰・檀山(だんやま)(三四〇メートル)の東側に開けた唐櫃(からと)岡地区に、四季を通じて豊富にわき出ている清水がある。

「命の水」を汚すまいと、地域住民が交代で水場を清掃している=土庄町豊島、唐櫃岡
「命の水」を汚すまいと、地域住民が交代で水場を清掃している=土庄町豊島、唐櫃岡

 「知っとる限り、どんな日照りの時も水がかれたことはない」。元自治会長の高島正清さん(71)は島の人々の暮らしを今も支える清水の豊かさを強調する。

 檀山のふもとにあるこの水場は、清水神社社殿、清水観音堂と一体となっており、社叢(しやそう)に包まれた荘厳な雰囲気と合わせ、地域の人々の信仰を集めてきた。

 山の斜面を利用して、ひな壇のような現在の水場が築かれたのは一九二九(昭和四)年。豊島出身で石材業で成功した故中野喜三郎氏が多額の私財を寄付して完成した。

 わき水を花こう岩の石壁でいったんせき止め、最上部の貯水槽から三つの小水槽と大水槽に流す仕組み。それぞれの水槽は野菜洗い、洗濯物のすすぎなどと役割が決まっており、地域の女性たちが井戸端会議を楽しむ場所でもあった。

 「唐櫃地区に嫁いだお嫁さんたちは、ここでの井戸端会議を通して地域社会のルールを先輩たちから教わった」。今年三月まで自治会長を務めた児島晴敏さん(62)は、地域社会の中心に水場があったと説明する。

 六三年ごろ、唐櫃地区に簡易水道が完成。洗濯機の登場とともに、女性たちの洗濯風景は徐々に見られなくなった。しかし、とうとうとわく清水は、今もかんがい用水として地区の棚田に引き込まれている。

 「唐櫃岡地区は豊島で一番最初に集落ができた地域。それは、清水と無関係ではない」と高島さん。「ここは『命の水』。今もこのあたりのわき水が、島の簡易水道の水源に引かれている」。

ひな壇状の水場は、上から飲用、洗濯用などに用途が分かれていた=土庄町豊島、唐櫃岡
ひな壇状の水場は、上から飲用、洗濯用などに用途が分かれていた=土庄町豊島、唐櫃岡

 小さな島で、豊かな清水はどこからわき出てくるのか。児島さんは「シイやカシなど広葉樹に覆われた檀山の保水力が要因」と説明する。何千年もたい積した落ち葉がフェルト状の層をつくり、島に降った雨をたっぷりと吸収するそうだ。

 水場から檀山の山頂を見上げると、意外なほど大きいシイの巨木が見え隠れする。眼下には海まで棚田が作られており、緑豊かな美しい田園地帯が広がっている。

 国内最大級の不法投棄事件の舞台となった豊島の原風景がここにあるといえそうだ。こんこんとわき出る清水は、豊島が豊かさを失っていないことを証明している。

 豊島住民会議の中心メンバーの一人でもある児島さんは話す。「ここに来れば、なぜわれわれが産廃完全撤去を求めて運動を続けてきたか、その気持ちを分かってくれるのでは。緑の島にごみを持ち込んだんだから、全部元へ戻してほしいということ」。昔と変わらずわき出る清水は、今後の住民や行政の取り組みを、静かに見守っている。

文・靱 哲郎(報道部) 写真・久保 秀樹(写真部)