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皇子神社の船渡御(庵治町) 勇壮な真夏の風物詩
江戸時代から続く真夏の風物詩の「船渡御」。夜空を大輪の花が焦がすと祭りは最高潮に=庵治町
江戸時代から続く真夏の風物詩の「船渡御」。夜空を大輪の花が焦がすと祭りは最高潮に=庵治町

 全国的にも数少ない海の祭りとして知られる、庵治町の皇子神社(横田幸一郎宮司)の夏祭り。江戸時代から続く「庵治の船祭り」は、旧暦の六月十四、十五日の満月に近い、金・土曜日に繰り広げられている。

 今年も三、四の両日、開催。月明かりの中、ちょうちんで明々と照らされた漁船に、御輿(みこし)やだんじり、獅子(しし)が乗り、船団を連ねて海を渡る勇壮な「船渡御」を、大勢の参拝客らが堪能した。

 皇子神社は、江戸時代初期の一六二〇(元和六)年に、漁師らの海上の守り神として再興された。住民は親しみを込めて「権現さん」と呼ぶ。

 同町民会館館長で、町内の歴史に詳しい阿野泰雄さん(77)は祭りの起源について、「初代高松藩主、松平頼重公は一六八〇年ごろ、皇子権現によく来られており、そのころからではないか」と話す。

 子供だんじりなどが町内を練り歩いた宵祭りに続いて、四日の祭り本番。祭りのために前日進水したばかりの漁船を真ん中に、新造船ばかり三隻を並べて、その上に屋台を組み、幟(のぼり)やちょうちんなどを飾り立てた御輿船が、江の浜海岸で御輿が下りて来るのを待つ。

 港には、御輿船のともをするひき船、太鼓台船、遊覧の小舟なども並んだ。

 祭りの開始は、夕やみ迫る午後七時。十人余りの神職らにかつがれた御輿が、ぼんぼりが並んだ石段を下りてくると、奉納の船団から一斉に、かねや太鼓の勇ましい音が鳴り響く。

祭りムードを盛り上げる暴れだんじりの奉納=庵治町
祭りムードを盛り上げる暴れだんじりの奉納=庵治町

 浜では、太鼓台を縦や前後に大きく揺さぶるこの地域独特の暴れだんじりや獅子、子供だんじりなどが元気に暴れ回り、祭りムードを盛り上げる。

 午後九時。いよいよ約二キロ離れたお旅所を目指して、船団の行列が動き始めた。五剣山や屋島も月光と船団の明かりにともされ、うっすらと姿を輝かす。庵治沖には、約千三百発の色とりどりの花火も上がり、真夏の祭典を演出、詰めかけた見物客らの歓声が沸いた。

 そして、お旅所で儀式を終えた船団が戻って来る午前二時ごろまで、漁師町の「男の祭り」は続いた。

 阿野さんは、昨年から月一回、地元の児童を皇子神社や他の神社仏閣などに連れて行き、そこに残る伝説などを話して聞かせている。「庵治は昔から海辺の町として栄えた所。そんな町にしかない伝統行事を次世代に伝えたい」と語る。

 夜空を焦がす花火と、ちょうちんを照らして進む船団を見ながら、「御輿船 屋島の裏を流れ行く 遠き昔と今もかわらず」と若いころ詠んだ短歌を紹介してくれた。

文・木下 亨(地方部)  写真・鏡原 伸生(写真部)

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