善通寺はだか祭り(善通寺市)

2000年2月21日

明治の遺産、今も現役

雌雄の宝木めがけて躍動する裸男。1年間の除災招福を願う肉弾戦が繰り広げられ、讃岐路に春を呼ぶ祭りといわれる(資料)
雌雄の宝木めがけて躍動する裸男。1年間の除災招福を願う肉弾戦が繰り広げられ、讃岐路に春を呼ぶ祭りといわれる(資料)

 光に浮かぶ五重の塔。福を呼ぶ宝木(しんぎ)をめがけ十重、二十重の裸男の群れが右へ左へうねる。寒気を突き男たちの息は弾み、紅潮した全身からは真っ白な湯気が立ち上る。

 毎年二月に営まれる総本山善通寺の伝統行事、大会陽(だいえよう)の一こまだ。

 「会陽とは、明るく恵み深い春の心にめぐりあうとの意味で真言宗の正月行事の一つなんですよ。福奪(ふくばい)ともいい、一年の福を奪い合う」と解説するのは同寺の高吉清順管長(75)。

光に浮かぶ善通寺五重の塔。塔の2階部分から雌雄一対の宝木と副宝木が投下される(昭和45年ごろ、善通寺商工会議所蔵)
光に浮かぶ善通寺五重の塔。塔の2階部分から雌雄一対の宝木と副宝木が投下される(昭和45年ごろ、善通寺商工会議所蔵)

 高吉管長によると、会陽の起源は大化の改新(六四五年)で知られる藤原鎌足(六一四―六六九年)が奈良・興福寺で営んだ維摩会(ゆいまえ)がモデル。これに脚色を加え観光行事に仕上げたのが「はだか祭り」で、総本山善通寺でも約四百年の歴史がある。

 裸男二千人、観衆二万人という大イベントになるまでには曲折もあった。門信徒の間で細々と受け継がれてきた行事が現在の形になったのは昭和三十年ごろという。

境内の方丈池で身を清める水ごり。この後、注連(しめ)を張り巡らした柱の中を通る「地押し」をして福奪いに備える(資料)
境内の方丈池で身を清める水ごり。この後、注連(しめ)を張り巡らした柱の中を通る「地押し」をして福奪いに備える(資料)

 「第二次世界大戦を挟んで会陽は先細る一方。なんとか市民の祭りに育てようと商工会が音頭を取り、実行委を発足させ市民から一軒につき百円かコメ一升を募って手作りで始めた」と振り返るのは善通寺商工会議所の元専務理事、小田保さん(79)。

 募金で祭りを身近に感じた市民の関心も高まり、アイデアも取り入れた。管長や宝木を乗せた輿(こし)の行列が目抜き通りを練り、馬や稚児、弁慶姿のお供が評判を呼んだという。はだか祭りの復興期だ。現在も、祭り予算の六割を募金で賄っているところに市民の思い入れの深さがうかがえる。

 「二十五歳から出場。これまで副宝木を三本取った。初めて取った年には結婚。やはり御利益を感じる。宝木に触ったことはあるが、取るのは並大抵ではない」とはだか祭りの魅力と難しさを話す同市上吉田町の植森洋一さん(44)。

雌雄の宝木。クスノキ製で長さ15センチ、直径3センチの八角柱をしており、香で焚(た)き締め加持祈祷。八面に経文などが記されている。かつては、奪い取った宝木は最寄りの民家にかけこみ白米を盛った一升升(ます)につきさすと争奪者は「福男」、宝木が舞い込んだ家は「福受けの家」とされ祝い主となった。近年は境内に「宝木奉安所」を設けている(善通寺商工会議所蔵)
雌雄の宝木。クスノキ製で長さ15センチ、直径3センチの八角柱をしており、香で焚(た)き締め加持祈祷。八面に経文などが記されている。かつては、奪い取った宝木は最寄りの民家にかけこみ白米を盛った一升升(ます)につきさすと争奪者は「福男」、宝木が舞い込んだ家は「福受けの家」とされ祝い主となった。近年は境内に「宝木奉安所」を設けている(善通寺商工会議所蔵)

 今年で十九年連続出場という同市善通寺町の小西由哲さん(44)は「最初は付き合いだったが、今は祭りが近付いてくるとそわそわしてくる。当日、まわしを付けると武者震いがする。健康を再確認する年中行事」と笑う。

 裸には仏の前に自分を偽らず、ありのままを差し出す正直な気持ちが込められ、まわしの白は潔白な心根を表すとされている。

昭和48年ごろの宝木奉持行列の風景。管長の輿(こし)などに続いて馬や弁慶姿のお供などが目抜き通りを練り歩いた(善通寺商工会議所蔵)
昭和48年ごろの宝木奉持行列の風景。管長の輿(こし)などに続いて馬や弁慶姿のお供などが目抜き通りを練り歩いた(善通寺商工会議所蔵)

 「裸男たちの姿は、ふだんとは違う気迫がみなぎり厳粛ささえ感じます。善通寺を中心に、中讃では裸男のまわしを腹帯にすると安産の御利益があると言い伝えられていて、私も主人のを巻いているんです」と同市上吉田町の田所友紀さん(28)。

 庶民信仰ともつながり市民生活に根付いている「はだか祭り」。参加経験のある男たちは一様に「子どもたちの世代に、良い形で残してやりたい」と口をそろえる。

 一部参加者の場外乱闘ともいえる暴力行為を指しての危ぐだ。大会陽委員長を務める高畑皓一・善通寺商工会議所会頭(63)は「出場者も観客も正々堂々の肉弾戦を楽しみにしているはず。毎年、対策を講じてきたが、今年は出場者に、より高いモラルを求めると同時に違反者は即排除する」と固い決意で臨む。

 二〇〇〇年代初めての春を告げる大会陽は、今年一年の吉凶だけでなく、二十一世紀の祭りの在り方を占う大切な催しとなる。宝木奉投は二十六日午後八時半。

文・岩部 芳樹(西讃支社) 写真・久保 秀樹(写真部)