ミニ八十八カ所(伊吹島など)

2001年4月2日

潮騒に溶ける鈴の音

 まだ少し冷たい春風が潮の香りを運んでくる。ここは観音寺市沖の燧灘に浮かぶ伊吹島。観音寺港と真浦港を結ぶ朝一番の定期船が到着すると、白装束に菅笠(すげがさ)姿の遍路さんが一斉に降り立つ。俗に「島四国」と呼ばれるミニ八十八カ所巡りの始まりだ。

旧暦の3月21日は島四国の日。訪れた参拝者の御詠歌は島に春本番の到来を伝える合図だ=観音寺市の伊吹島(資料)
旧暦の3月21日は島四国の日。訪れた参拝者の御詠歌は島に春本番の到来を伝える合図だ=観音寺市の伊吹島(資料)

 弘法大師空海が入定(にゅうじょう)したとされる旧暦の三月二十一日が島四国の日。そのころ伊吹島をはじめ、詫間町の粟島や丸亀市の本島などに続々と参拝者が詰め掛けてくる。迎える島の人たちは早朝から島を挙げてのお接待でもてなすのが慣例。心温まる光景が広がる。

 伊吹島の島四国の起源は約百年前。島に住む三好一義さん(72)が伝え聞くユニークな話を紹介しよう。

 三好さんの母親が幼少時に原因不明の湿疹(しっしん)に悩まされた。薬を塗っても医師の診察を受けても一向に治る気配がない。そこで祈祷師(きとうし)を呼んだところ、不可思議な答えが。「仁兵(にひょう)の卯三蔵(うさぞう)が憑(つ)いている」。

 調べると、卯三蔵とは一八四八(嘉永元)年に若くして没した島民。信仰心にあつく、八十八カ所を何度も巡礼した経験を持つ人物だった。「災いをもたらすわけではなく、ただ回向(えこう)を求めているだけのようだ」と祈祷師は言う。そこで島に「ミニ八十八カ所」を作り、巡礼者をお接待でもてなすことにした。「これならば、各札所でお接待を受けてきたであろう卯三蔵も成仏できると考えたんでしょうな」と三好さん。

島の人たちは心づくしのお接待で参拝者をもてなす(資料)=観音寺市の伊吹島
島の人たちは心づくしのお接待で参拝者をもてなす(資料)=観音寺市の伊吹島

 伊吹島はもともと信心深い土地柄。「四国遍路しないと嫁には行かぬ」と伝えられ、明治から昭和初期ごろまで、年ごろを迎えた女性は必ず八十八カ所巡りを行ったという。この土壌にミニ八十八カ所が誕生したのは半ば歴史の必然でもあった。そして、伝統の灯(ひ)は世紀をまたいだ今も絶えることなく燃え続けている。

 本家の八十八カ所に目を移すと、霊場を結ぶ遍路道を黙々と徒歩で踏みしめる「歩き遍路」がいま脚光を浴びているという。なるほど、シーズンになると、霊場近くの道沿いで白装束姿を目にすることも多い。それは、まるで物質文明に彩られた現代へのアンチテーゼのようにも映る。

 「遍路の基本は歩きですから」。遍路の研究を続ける国分寺町の高校長白井加寿志さん(67)は「物的に充足した人が精神の充実を求めている。おなかがいっぱいになると他のことを考えるでしょう」と昨今の歩き遍路ブームを分析する。「どんな宗教でも根元は同じ。心の奥底にある欲求が人を巡礼の旅へと向かわせるんでしょうね」。

 島四国の日、閑静な島々は年一番のにぎわいをみせる。迎える人たちが「島が沈むんじゃないか」と冗談を言い合うくらい、人の群れが押し寄せる日だ。温かいお接待にこたえる参拝者の御詠歌が春風に乗って響き渡ると、島はもう春真っ盛り。チリンチリンと鈴の音が潮騒に溶けていく。

文・黒島 一樹(観音寺支局)