弥谷山の彼岸の接待(三野町)

2001年03月19日

赤飯で温かい出迎え

 三豊平野をさえぎるようにそびえる弥谷山(いやだにさん)(三八一・五メートル)。豊かな緑と渓流に包まれた山の中腹には、四国霊場七十一番札所弥谷寺(建林良剛住職)が立つ。

春遍路のシーズンが本番を迎え多くの参拝者が訪れている=三野町、弥谷寺
春遍路のシーズンが本番を迎え多くの参拝者が訪れている=三野町、弥谷寺

 本堂へ向かう五百四十段の石段のわきに露出する岩肌には、空海の作とも伝えられている阿弥陀仏ら三体の魔崖(まがい)仏などがあり、霊山の雰囲気を一層、深めている。

 一方、この山の南側のすそ野に目を移すと、温泉などの保養施設や道の駅などが整備された「弥谷ふれあいの森」が広がる。現在、山一帯は、山岳仏教の古刹(こさつ)と新しい観光ゾーンが混在した“いやしの場”にもなっているのだ。

 うららかなそよ風が吹き始める三月になると、「春遍路」のシーズンが真っ盛り。大型バスにゆられて関西方面などから訪れる巡拝団や、マイカーで訪れるお遍路さんらで山はにぎわいをみせる。特に「ここ二、三年は歩き遍路も増え、若い人の姿も見られるようになった」と建林住職は話す。

 毎年彼岸には、二日にわたって永代経法要が営まれ、近隣の信者ら約二千人が弥谷寺を訪れる。かつてはこの日に合わせ春市が開かれ、参道沿いには植木や子供たちが喜ぶおもちゃなどの露店がずらりと顔を見せ、三豊郡内の家族連れらが押し寄せた。

 最近では、町観光協会主催の「弥谷市フェスティバル」がふれあいの森周辺で開催され、みのつ焼や桐(きり)下駄などの特産品を販売したり、いやだに神農太鼓などの郷土芸能も披露、昔ながらの春市に替わって三野町の新たな春の祭りになっている。

 時代は移り変わっても、この地域の人たちの心優しい一面をのぞかせる習慣は今も残っている。弥谷山の登り口には八丁目大師堂と呼ばれるかわいいお堂がある。このお堂を守っているのが、地元の大門寺自治会の二十八軒の人々だ。

弥谷山の登り口の八丁目大師堂。彼岸の中日には地元の人たちの接待がある=三野町大見
弥谷山の登り口の八丁目大師堂。彼岸の中日には地元の人たちの接待がある=三野町大見

 いつから始まったのか記録はないが、彼らは毎年交代で、お遍路さんへの彼岸の接待を続けている。当番の人たちがモチ米や小豆などの食材を各家々から募り、赤飯を作ってパック詰めにし、弥谷寺を目指す善男善女にサービスする。

 今年は四百パックを二日がかりで準備する。心のこもったこの接待を楽しみに、他の町から顔なじみの参拝者が詰めかけるという。

 「お接待は空海の教え。人に喜んでもらおうというだけでなく、自分も心が豊かになるもんじゃ」と今年、当番になっている谷口久和さん(73)は目を細める。「若い人には大変だと思うが、今後も続けてほしい習慣だ」。

 接待が終わった夜には、地区の住民みんながお堂のわきの庵に集まる。ともに弁当を食べながらたわいもない話が弾み、みんなの顔に笑顔が広がる。彼岸の接待は、大門寺地区の人たちの心を今も一つにつないでいる。

文・木下 亨(地方部) 写真・久保秀樹(写真部)