石清尾八幡宮の春市(高松市宮脇町)

2000年5月8日

農具市からお祭りへ

参道を照らす竿頭には、春市の振興を願う氏子の思いが込められている=高松市宮脇町
参道を照らす竿頭には、春市の振興を願う氏子の思いが込められている=高松市宮脇町

 農繁期が近付くとあちこちの神社や寺で春の縁日が開かれる。かつては鍬(くわ)や鎌(かま)など農道具を売る露店が並び、植木や草花の苗を求める人でにぎわった。農具市や植木市ともいわれた春市の姿が、時代とともに様変わりしてきた。

 高松市民の氏神・石清尾八幡宮(高松市宮脇町)の春市は、十四世紀の室町時代が発祥とされる。長く人や物の交流の場として栄えた市が、新たな転機を迎えている。

 「子供のころは完全に植木市。参道に背の高いバベの木がずらっとならんでいた」。地元の氏子で組織する八幡神交会副会長の本田勝好さん(56)は昭和三十年代の様子を振り返る。「戦前は鍬の刃の交換や直しを扱う露店が集まり、田植えの準備をしたと聞いている。最近は植木の露店も減って、食べ物やくじ引きなどの店が中心になった」と話す。

 地元の氏子約三十人が神交会を発足したのは二年前。少子高齢化やライフスタイルの変化とともに、徐々に活気を失っていく春市や祭りへの危機感を抱いたのが背景だ。

 「かつての農具市や植木市のように、『春市のメーンはこれだ』といえるものを作らないとだめ」。神交会のメンバーが知恵を絞った成果が、昨年の春市から登場した竿(かん)頭(とう)だった。

農道具や刃物を扱う露店(上)は徐々に減り、大半はおもちゃや食べ物の店が占めている=高松市宮脇町
農道具や刃物を扱う露店(上)は徐々に減り、大半はおもちゃや食べ物の店が占めている=高松市宮脇町
農道具や刃物を扱う露店(上)は徐々に減り、大半はおもちゃや食べ物の店が占めている=高松市宮脇町

 高さ約三メートルのさおに約六十個の提(ちよう)灯(ちん)をつり下げた竿頭は春市の新たな呼び物となった。二、三日に開かれた今年の春市では、七台ある竿頭の一つひとつの提灯に近くの幼稚園児や保育園児が願い事を書いた紙を張り付けて、参道を練り歩いた。

 これまでは露店を眺(なが)めるだけで終わってしまいがちだった春市が住民参加の祭りとなり、大勢の親子連れが竿頭を見ようと参道にあふれた。

 神交会事務局長の山下博さん(52)は「農具を求め、苗木を買った春市は人々の暮らしに深く根差していた。竿頭を作ったのも考え方は一緒」と春市のイメージチェンジを説明する。「しきたりを変えることは抵抗もある。しかし、子供たちの思い出に残る市や祭りにしていくことが、これから一番考えなければならないことだ」という。

 戦後、商業や流通形態は劇的に変化し、かつての市の風景は見当たらなくなった。しかし、モノの豊かさと引き換えに、心と心のつながりや豊かさを失ってはこなかったのか。氏子の懸命な取り組みは、地域に心の交流の場を取り戻す試みといえる。

文・靱 哲郎(報道部)  写真・山崎 義浩(写真部)