若宮神社の編笠神楽(高松市下笠居地区)

2001年10月15日

伝統に新風吹かせる

 高松市西部の五色台山麓(ろく)から瀬戸内海にかけて広がる下笠居地区。高台にひっそりと建つ若宮神社の境内に、笛や太鼓の音が響き、氏子の笑顔があふれるのが編笠神楽(あみがさかぐら)の夜だ。

子供たちの着付けは、若者が行う。縦にした編笠がずれないようにしっかりとひもを結ぶ
子供たちの着付けは、若者が行う。縦にした編笠がずれないようにしっかりとひもを結ぶ

 編笠神楽は、農作業でかぶる編笠を頭に立ててかぶり、烏帽子(えぼし)に見立てたところが名称の由来とされる。同市西部では、鬼無、郷東、香西地区などで現在も編笠神楽が氏子によって行われ、地元の神社に奉納されている。

 いずれも発祥は明治初期といわれ、約百三十年の歴史を持つ。衣装や舞の内容もよく似ているが、若宮神社の編笠神楽は伝統や格式を守りながら、地域の娯楽として子供たちが楽しめるお祭りの要素を盛り込んでいるのが特徴の一つだ。

 同神社の神楽は、一九五〇―六〇年代に踊り手の減少などで一時中断。七四年に復活してからは、神楽に出られない女児や幼稚園・保育所の園児も舞台に出られるように、民踊などの踊りの奉納を、神楽の間に挟み込んで行っている。

 復活後、二十年以上神楽の指導に当たった石原敏見さん(71)は「女の子の踊りが入るのは、うちの神社くらい。初めは反対もあったが、子供たちが大勢出てくれた方が、見る側も楽しい」と話す。

社殿下の舞台で次々と披露される舞に、老若男女が見入る
社殿下の舞台で次々と披露される舞に、老若男女が見入る

 同神社の神楽を演じているのは、下笠居地区の中でも同神社に近い弾正原地区、木野戸地区の三自治会、二百戸余り。少子化は否めず、踊り手を務める小、中学生の男児は、「全員参加」の状態だ。

 神楽の奉納は昔は十月六日の夜と決まっていたが、近年は十月の第二土曜に行うことが多くなった。照明とかがり火に照らされた舞台の前に百席余りのいすがずらっと並べられ、神楽の始まる午後六時半ごろには座りきれないほどの人でいっぱいになる。

 神楽は優美な舞や厳かな舞だけでなく、動きの激しい舞、ユーモラスな舞など一つひとつの踊りが大きく異なる。

神楽の起源といわれる岩戸の舞。大きくのけぞるクライマックスで拍手が沸く=高松市神在川窪町、若宮神社
神楽の起源といわれる岩戸の舞。大きくのけぞるクライマックスで拍手が沸く=高松市神在川窪町、若宮神社

 古事記の天の岩戸伝説から題材を取った「岩戸の舞」は神楽のルーツとされ、同神社の十三、十四種類ある舞の中でもハイライトの一つ。今年は中学一年の谷口祐太君(12)が、岩戸の舞を舞った。「80%くらいの出来。緊張したけど拍手を受けるとうれしい。やってよかった」と汗だくになりながら笑顔を浮かべた。

 地域の熱意に支えられ、脈々と受け継がれている編笠神楽だが、悩みは少子化による後継不足。指導者の福家和行さん(39)は「小さな子供は学年に一人ずつくらいしかいない」と悩みを打ち明ける。

 福家さんは若宮神楽の情報をホームページで公開している。伝統を守り、広める新しい試みは、緒に就いたばかりだ。

文・木下 亨(地方部)