小豆島農村歌舞伎(池田町ほか)

2000年9月25日

肌で感じる伝統芸能

 「歌舞伎に触れると、その面白さが分かってくるはず。だが、ひと昔前と比べると農村歌舞伎への関心は薄れてしまった」。池田町の中山歌舞伎保存会の矢田徹会長(67)から思わず不安の言葉が漏れた。

伝統芸を肌で感じる子供たち。本番を前に、額に汗をにじませながら何度も何度も舞台げいこを繰り返す=池田町内
伝統芸を肌で感じる子供たち。本番を前に、額に汗をにじませながら何度も何度も舞台げいこを繰り返す=池田町内

 江戸時代中期ごろに始まった小豆島農村歌舞伎。島内各地区の神社に奉納する芝居として幕末の最盛期には、三十カ所余りの歌舞伎舞台があったという。

 だが、三百年余りの時が流れた今、“舞台事情”は大きく様変わりした。各地区での歌舞伎継承者が減少したことや、舞台の焼失、老朽化などで、現役の舞台はわずか二カ所。カヤぶき屋根が江戸情緒を伝える土庄町肥土山と池田町中山の舞台だけとなった。

 その一つ、国指定重要有形民俗文化財「中山舞台」で十月、中山農村歌舞伎が開かれる。今年も小学生から四十歳までの二十五人が「白浪五人男」「義経千本桜」などを演じ、伝統の舞台を彩る。

 矢田会長も十九歳から四十年余り演者として舞台に立った一人。「昭和二十、三十年代はテレビなどがなかっただけに、歌舞伎への注目度も高かった」と振り返る。迫真の演技を繰り広げる地域の“花形役者”だった。

 今は、伝統芸を後進に伝えるのが矢田会長の「役どころ」。練習会場となる中山ふるさと会館で、歌舞伎の定番「白浪五人男」に出演する中山地区の小学四年生から六年生までの六人に鋭い視線を向ける。

せりふや立ち居振る舞いを指導する矢田徹会長の表情も真剣そのもの。農村歌舞伎に対する思いは熱い=池田町内
せりふや立ち居振る舞いを指導する矢田徹会長の表情も真剣そのもの。農村歌舞伎に対する思いは熱い=池田町内

 会場に広がる大人顔負けの演技とせりふ。額に汗をにじませ練習に取り組む子供たちは、歌舞伎にどんな思いを寄せているのだろうか。

 「歌舞伎と聞いてもよう分からん。でも練習は楽しいし、一生懸命にやるだけ」と初舞台に意気込む池田小四年の久山安紀さん。二年続けての出演となる同小六年の船波祥子さんは「昨年の舞台は緊張したが面白かった。今年も大勢の人に見てもらいたい」と心強い。

 テレビの普及などで、農村歌舞伎の存在感は希薄となった。多くの地域芸能も同じ現状だろう。伝統芸を肌で感じる子供たちを温かく見守る矢田会長も、頭を悩ます「問題」を抱えている。

 「私自身、気力と体力が続く限りはやっていくつもりだが、後を継いでくれる指導者がいない。実際、この保存会に三味線の弾き手すらいないのが実情ですから」。伝統継承に立ちはだかる壁は大きい。

中山の舞台で毎年繰り広げられる小豆島農村歌舞伎(10年10月10日撮影)
中山の舞台で毎年繰り広げられる小豆島農村歌舞伎(10年10月10日撮影)

 かつては、観客がご飯と煮しめを詰め込んだ割盒(わりご)弁当を桟敷席で広げ、酒を酌み交わしながら農村歌舞伎の舞台を楽しんだという。今でも割盒弁当を手にしたファンの姿をかろうじて見掛けるが、古き良き光景は確実に薄れつつある。

 「子供や大人たちが古里の伝統を誇りに感じてもらえれば。それだけでうれしい」。農村歌舞伎を支えてきた矢田会長は笑う。千枚田に囲まれた「中山舞台」の幕が上がるのは十月九日午後五時。今年も頬(ほお)をなでる秋風とともにカヤぶき屋根が夕日に映える。

文・藤田 敦士(生活文化部) 写真・山崎 義浩(写真部)