金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第60話

第1回瀬戸内文化交流展を巡って

海を挟んで新たな連携

大原美術館理事長・大原謙一郎

初の試みとして開かれた文化交流展。ジャクスン・ポロック、サム・フランシスら、大原美術館のコレクションが瀬戸内海を渡って、こんぴらさんへやって来た=(2003年12月20日
初の試みとして開かれた文化交流展。ジャクスン・ポロック、サム・フランシスら、大原美術館のコレクションが瀬戸内海を渡って、こんぴらさんへやって来た=(2003年12月20日

 瀬戸内海を挟んで対岸同士にある讃岐琴平の金刀比羅宮と備中倉敷の大原美術館は、昨年末から今年はじめにかけて、第一回の文化交流展を開催した。金刀比羅宮からは日本油彩画のパイオニア高橋由一の優品が二十七点、瀬戸内海を渡り、大原美術館の壁面を飾った。一方、大原美術館からは、第二次大戦後のアメリカで新しい美術の開拓者となった現代アーティストの作品が二十二点、金毘羅庶民信仰資料収蔵庫のギャラリーに展示された。

 国民的崇敬を集める金刀比羅の山は、瀬戸内の平和と安全を守ってきた心優しい神々の住まう山である。朝鮮戦争からベトナムの泥沼に陥ってゆくころの戦後アメリカ社会で苦悶していたポロックら現代美術の旗手たちの作品が、その山懐に抱かれている姿は感動的だった。

大原美術館では金刀比羅宮所蔵の高橋由一作品27点が紹介された=(2003年12月12日
大原美術館では金刀比羅宮所蔵の高橋由一作品27点が紹介された=(2003年12月12日

 それと当時に、この山は、卓越した人間の技と心が躍動する美の創造の舞台でもあった。大原美術館を飾った高橋由一の作品群は多くの人たちを驚嘆させたが、金刀比羅宮に伝わる美術品はそれだけではない。表書院に円山応挙が残した九十面に及ぶ壮大な襖絵は希望者に公開され、多くの人たちに深い感銘を与えてきた。さらに種々の理由で公開を差し控えている奥書院にも、驚くべき美術品群が秘蔵されている。中でも、障子越しの自然光が柔らかい奥の小部屋に案内された幸運な人は、その部屋で大切に守られてきた伊藤若冲作の花々の群像に対面し、息をのむような美しさに心を奪われることになるだろう。

 その他にも、金刀比羅宮は屏風や掛け軸を含む多くの美術品の宝庫である。それらの作品の中から選びぬかれた高橋由一の作品と大原美術館の作品とが触れ合った第一回文化交流展は、ただの交換展示を超えて、美術を通じて金刀比羅宮と大原美術館とが深いところで交流しあった意義深いイベントとなった。

交流展を記念して開かれたシンポジウム=(2003年12月27日、大原美術館
交流展を記念して開かれたシンポジウム=(2003年12月27日、大原美術館

 この交流展を機会に金刀比羅宮の田窪恭治文化顧問を倉敷に迎え、大原美術館の高階秀爾館長や東京大学の西垣通教授、資生堂の池田守男社長、それに私も加わってシンポジウムを開催した。その場では現代の世界で「地霊」の意味するものや、多神教の世界から一神教の世界に対して語りかけるべきメッセージなどを巡って議論が沸騰した。私たち自身も漠然としか感じ取っていなかった金刀比羅宮と大原美術館の交流の深い意味が、この議論の中から浮かび上がってくるように感じられた。

 瀬戸内一帯は、古来、日本文化を作り上げる重要な拠点だった。この交流展は、そういう瀬戸内の文化的底力を今に伝える試みと言えるだろう。私たちは今後もこれを続けたいと願い、早速この夏、八月六日から十五日まで、倉敷に金刀比羅宮の屏風や掛け軸を迎えて第二回交流展を開く準備を進めている。この交流を通じ、瀬戸内の一角から新しい文化的エネルギーが醸し出され、全国に伝わっていくことを期待したい。

(2004年6月6日掲載)

大原美術館理事長・大原謙一郎氏

おおはら・けんいちろう 1940年神戸市生まれ。63年東京大学経済学部卒、68年エール大学大学院経済学部博士課程修了。同年倉敷レイヨン(現クラレ)入社。90年に中国銀行へ移り、98年まで副頭取。現在、倉敷芸術科学大学客員教授として非営利事業経営論を講義。ほかに倉敷商工会議所会頭、岡山県教育委員なども兼ねる。倉敷市在住。

ページトップへ戻る