金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第52話

よみがえる桜樹木地蒔絵

良質の桧材確保に腐心

漆芸家・県指定無形文化財保持者・山下義人

復元された桜樹木地蒔絵天井画
復元された桜樹木地蒔絵天井画

 金刀比羅宮では明治十一年(一八七八)の本殿、幣殿、拝殿の改築に伴い、それらの社殿に、東京の蒔絵師(まきえし)・山形屋治郎兵衛(やまがたやじろべえ)らによって桜樹木地(おうじゆきじ)蒔絵壁画、天井画が施されています。以来、百二十年に及ぶ年月、参拝者の皆様を迎えてきましたが、傷みが進んでいたため、平成十一年(一九九九)、当初の清楚な趣を取り戻すことになりました。初めは修復予定でしたが、調査の結果、修復は不可能と判断し、復元制作するプロジェクトがスタートしました。

 木地蒔絵とは桧や桐、欅、桑など柾目(まさめ)や杢目(もくめ)の美しい白木の肌に、漆塗りをせず、直接蒔絵を施す技法です。御本宮には桧の柾目材が使われています。本殿の南北の側壁に描かれた壁画は、老木とみられる大木に爛漫と咲き誇る桜花、さらに南から北側面に樹と枝が伸び、縦二メートル、幅五メートル、南北合わせると十メートルにも及ぶ大作です。天井には拝殿に丸文、幣殿と本殿には折れ枝が描かれた意匠で、百三十八枚すべてに異なる文様が施されています。

復元制作が進む輪島の工房を視察する琴陵宮司(左から2人目)。木地蒔絵天井画への思いがひしひしと感じられた
復元制作が進む輪島の工房を視察する琴陵宮司(左から2人目)。木地蒔絵天井画への思いがひしひしと感じられた

 復元制作で私たちが最も重視したのは、十分に乾燥された良質の桧材の確保でした。木曽桧は造作に適した材とされ、中でも赤沢美林の桧は成長が遅く、木目が細かく、糸柾で歪みの少ない良材です。天井画の材は、幸いにも製材して十年ほど経過した板材を手に入れることができました。壁画の材も質感を統一するため、一木からそろえることにこだわりました。何度か木曽に足を運び、ようやく南木曽で見つかったとの知らせ。果たして私たちを納得させるだけのものか心配でしたが、地元香川の銘木店主の「神様は御自身で、必要とする材料はちゃんと準備されていますよ」との言葉に勇気付けられ、南木曽へ向かったのでした。

 平成十三年(二〇〇一)春、雪の残る木曽山中で選ばれた原木は山深い場所で、直径一メートルあまりの大木ゆえ、ヘリコプターでの搬送となりました。見守る中、原木の中心を巨大な帯鋸が走り、真っ二つに割れたそれは、まばゆいほどの白さで節一つない見事な糸柾でした。これほどの材は木曽でも近年珍しく、貴重とのこと。事故もなく無事、材をそろえることができたこと、様々な問題や出来事に対し、不思議と助けていただける力を感じたのも、大神様の御加護の賜と感謝しています。現在、桧材は大切に運ばれ、香川で自然乾燥され、数年後には桜樹木地蒔絵壁画として生まれ変わります。

磯井正美作 蒟醤……サクラガサイタ 丸盆(撮影はいずれも大堀一彦)
磯井正美作 蒟醤……サクラガサイタ 丸盆(撮影はいずれも大堀一彦)
太田儔作 籃胎蒟醤茶器 春うらら(撮影は大堀一彦)
太田儔作 籃胎蒟醤茶器 春うらら

 神社には古くから奉納という形で美術品や絵馬などが保護、伝承されています。金刀比羅宮にも多くの美術品が伝えられていますが、いま最も新しいものといえば、重要無形文化財保持者(人間国宝)の磯井正美先生、太田儔先生が平成の遷座祭に向けて奉納された桜をテーマにした漆芸品でしょう。それらは、十七日から県歴史博物館(高松市玉藻町)で始まる特別展「金刀比羅宮と桜」に出品されます。

 平成十六年(二〇〇四)は、金刀比羅宮にとって三十三年に一度の式年のみまつり「平成の大遷座祭」の年。ご遷座の目指す神道の理想の一つが「常若(とこわか)」です。桜樹木地蒔絵も当時の清楚で華やかな趣をよみがえらせ、秋には御本宮で皆様をお迎えすることでしょう。「こんぴらさんの木地蒔絵」として、末長く親しまれることを願ってやみません。

(2004年4月11日掲載)

やました・よしと 1951年高松市生まれ。高松工芸高漆芸科卒。70年磯井正美氏に師事、76年から田口善国氏に師事。80年県展知事賞。第36回、第41回日本伝統工芸展で優秀賞。93年から県展審査員。95年四国新聞文化賞。(2001年に県指定無形文化財保持者。99年から、金刀比羅宮の木地蒔絵の復元制作事業に漆芸家の室瀬和美氏らとともに携わる。

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