金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第47話

瀬戸内少年野球団とこんぴらさん

新時代の幕開けを象徴

作詞家・作家 阿久悠

 映画「瀬戸内少年野球団」の中に、印象深いシーンがある。夏目雅子が演じた駒子と、郷ひろみの正夫が、複雑な思いを胸に抱いたまま、再会するところである。二人は夫婦である。ただし、正夫は戦死の公報が届いており、いわゆる生きていた英霊である。

駒子(夏目雅子)と正夫(郷ひろみ)が金刀比羅宮で出会う映画「瀬戸内少年野球団」の再会シーン(「瀬戸内三部作メモリアルDVD BOX」から ※2003 ポニーキャニオン)
駒子(夏目雅子)と正夫(郷ひろみ)が金刀比羅宮で出会う映画「瀬戸内少年野球団」の再会シーン(「瀬戸内三部作メモリアルDVD BOX」から ※2003 ポニーキャニオン)

 駒子はその間、若い未亡人として町の国民学校の先生をしていたのだが、正夫の弟の強引な愛の告白で、一度だけあやまちを犯してしまう。そして、その心の負い目から、復員した正夫を迎え入れることが出来ず、正夫もまた運命を感じて身を退く。その正夫が身を寄せたのが金刀比羅宮で、少々の時をおき、駒子が迎えに来たという場面である。

 時代の悲劇、深い愛情ゆえの苦しい選択が察せられて印象的な場面であったが、実は、この金刀比羅宮の設定は、ぼくの原作には無いものである。

 駒子が健気な未亡人として先生をしていたことも、戦死したと思っていた正夫が、突然足を負傷した痛々しい姿で帰って来て、もしやもう自分の居場所は無いかもしれないと悩むところまでは、小説にある。

 その、心も体も傷ついた復員兵の正夫を、戦争の時代と新しい時代の中間の場所に一時身を置かせたのは、脚本家の田村孟と監督の篠田正浩の知恵と創作である。

 おそらく、ぼくより六歳年長の、この脚本家と監督にとっては、この痛々しい人物を委ねる場所が必要で、それが金刀比羅宮であったのだと、ぼくは理解した。だから、原作に無い場面も、美しく印象的に思えた。

 何とも美しい夏目雅子の苦しみを含んだ表情と、郷ひろみの断ち難い痛みをひそめた横顔の彼方に、讃岐平野がゆったりと広がって見え、そこで、沈黙を破って郷ひろみが、初日の出の輝きと、初詣の晴れ着の人々を見た時のときめきを語るのも、効果的である。

 その切ない大人たちのドラマにつづいて、何百段かの石段の下でかき氷を食べながら二人を待つ、少年竜太と少女武女(むめ)のところへ、軟式野球ボールが天からの贈り物のように降って来て、ドラマはまさに、戦後の新時代に引き継がれることを暗示するのである。

 この、有名な金刀比羅宮の石段の上と下に分けて、戦争で傷ついた大人と、民主主義を見つけた子どもたちの二つの場面が、見事に繋がった名場面で、言葉にしてこそ信仰は語らなかったが、真の信仰とか文化というものは、場所への敬意抜きではあり得ないのだと、自然に感じさせてくれた。

 さて、ぼくは、瀬戸内も東端の淡路島で生まれ育ち、大学入学で上京するまでずっと島内にいた。主に西海岸の町で、水平線に夕陽が沈む度に、黄金の道が小豆島にかかるのを見ていた。一度は歩いて渡りたいものだとも思った。しかし、黄金の道が消えると小豆島は、どこよりも遠い島になる。直接の連絡船が無いので遠まわりをするのである。島と島の関係は不思議だと感じていた。

(2004年3月7日掲載)

◆映画「瀬戸内少年野球団」 敗戦直後の淡路島を舞台に、野球を通して子どもたちに民主主義を学ばせようとする女性教師とスポーツに目覚めていく子どもたちとの絆を描く。原作は阿久悠の同名小説で、一九七九年度下半期の直木賞候補作品。昨年十二月、「瀬戸内三部作メモリアルDVD BOX」がポニーキャニオンから発売中。

作詞家・作家 阿久悠氏

あく・ゆう 1937年兵庫県淡路島生まれ。明治大学文学部卒後、広告代理店勤務。65年フリーとなり、本格的に文筆活動に入る。尾崎紀世彦「また逢う日まで」、沢田研二「勝手にしやがれ」、ピンクレディー「UFO」など、これまで5000曲以上の作詞を手掛ける。97年第45回菊池寛賞、同年作家生活30周年の集大成として代表作261曲を14枚組CD全集「移りゆく時代、唇に詩」にまとめる。99年紫綬褒章を受章。

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