金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第39話

こんぴらさんの思い出

平和を願う安らぎの場

日本画家・東京芸術大学長 平山郁夫

「金毘羅宮 鞘橋」と鞘橋をスケッチする平山さん
「金毘羅宮 鞘橋」と鞘橋をスケッチする平山さん

 私は金刀比羅宮や四国八十八カ所を訪ね歩き、絵を描こうと思い立ったことがある。香川県内の札所霊場は、ほとんど歩いて取材した。

 神社や寺の境内で写生をしていると、善男善女の群れが賑やかにお参りしては去ったり、一人で歩く姿など、実に多様である。美しい自然の中で、いまだに人情は衰えず、温かい雰囲気に包まれていた。

 私もこんぴらさんにお参りする。長い長い石段を上っていくが、目指すお宮はまだまだ上の彼方である。屈折した石段が続く。その両側に、お土産屋さんがめじろ押しに並んでいる。石段の上には、日陰をつくる天幕がかけられており、その天幕の切れ目から日差しが石段を照らし、くっきりとした陰影がまぶしい。ゆっくりとした足並みに、杖のコツコツとした音が響いてくる。

讃岐路シリーズ 金刀比羅宮(いずれも1995年、県文化会館所蔵)
讃岐路シリーズ 金刀比羅宮(いずれも1995年、県文化会館所蔵)

 まだかと思いながら、無心で石段を上っている間に、やっと金刀比羅宮の社殿が見えてきた。目的を達した喜びと併せて、社殿にぬかずき、お参りしたのだった。

 その社殿のある琴平山(象頭山)へ吐息、青息つきながら登ったときのことだ。社殿を仰ぎ見て、中に入って下の風景を見ると、瀬戸内海や香川県の平地がずっと一望でき、讃岐の特徴である丸いお椀を伏せたような山々をあちこちに見ることができたのは面白かった。

 また、琴平山を下ると、その麓には古い芝居小屋がある。江戸時代そのままの芝居小屋である。東京から一流の歌舞伎役者たちが、その芝居小屋で数日間にわたって歌舞伎を演じ、全国的に人気を博していると聞いた。芝居小屋の中で舞台や奈落の装置、花道や桟敷などを見ると、現在ではどこにもない、江戸時代の庶民の歌舞伎が、この素朴な芝居小屋で行われていたことが見て取れ、とても興味を持って絵を描いた。

金刀比羅宮 本殿
金刀比羅宮 本殿

 大勢の人が昔から参詣する金刀比羅宮や四国八十八カ所巡礼は、それぞれの人生で何かを思い、願っている人々の巡礼である。そんな人々の顔には、安らぎを求め、歩いている人の姿が感じられる。平和を求める日本人の根源的なものが、ここにはあるようだ。

 そんなことを感じながら、日本の美しい原風景がある四国の風物や人情を描いた思い出がある。

(2004年1月11日掲載)

日本画家・東京芸術大学長 平山郁夫氏

ひらやま・いくお 1930年広島県生まれ。東京美術学校日本画科卒。前田青邨に師事。61、62年日本美術院賞、64年院展文部大臣賞、78年院展内閣総理大臣賞。68年からシルクロードを取材、「雲崗盧遮那仏」などの一連の作品を発表、76年日本芸術大賞。法隆寺金堂模写(67年)、高松塚古墳の壁画模写(73年)にも従事。2000年薬師寺玄奘三蔵院「大唐西域壁画」が完成。98年文化勲章。現在、ユネスコ親善大使も務める。

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