金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第28話

おとうにんさん

祭り思う人情変わらず

作家・佐々木正夫

ご本宮を出発する神輿(みこし)渡御。ゆるりゆるりと785段の石段を下る=10日午後9時
ご本宮を出発する神輿(みこし)渡御。ゆるりゆるりと785段の石段を下る=10日午後9時

 金刀比羅宮の神事として知られる秋例大祭の「お頭人」のことを、地元では「おとうにんさん」と呼ぶ。行事は十月九、十、十一日の三日間行われるが、近郷の人たちが、どっと詰めかけるのは十日夜の「おさがり」である。

 祭神がご本宮を発御するのが午後九時。七百八十五段の石段を下り、ふもとのお旅所へ十二時御着。翌十一日、お旅所発御が夜九時、ご本宮着十二時。つまり、金刀比羅宮の祭神は、年中、ご本宮でおられるという計算になる。

 地元琴平町に住んでいながら、毎年、「おさがり」「おあがり」を拝観に出かけるというわけにはいかない。県外の会議や取材と重なり、行けないときもあるが、今年は十日の「おさがり」の御輿を拝んだ。

 「おさがり」の行列は約四百人。金刀比羅宮の社務所に元禄時代に描かれた「金毘羅祭礼図屏風」があるが、行列の順序はあのころと変わらない。町の商店街は竹笹を立て、※(まるこん)の提灯をつける。各家庭では、玄関に「奉燈」のぼんぼりをつり下げる。

にぎわう露天市
にぎわう露天市

 金刀比羅宮では、十日の参拝客やお旅所の人出は四万人、十一日が二万人で合わせて約六万人(社務所)といわれるが、名物の露天市もにぎやか。今年はうなぎ釣り、とうもろこし焼き、金魚すくい、いか焼き、たこ焼き、風船、フランクフルトなどがひしめきあっていた。わたしの子供時代にはサーカス、お化け屋敷などもあったし、タケオとナミコの"のぞき"を楽しんだこともある。

今年のお頭人。(上)吉永和生君(8歳、鳴門市)、(中)竹村奈々美ちゃん(5歳、高松市)、(下)朝日萌恵ちゃん(2歳、広島市)と朝日翔一朗君(5歳、同)
今年のお頭人。(上)吉永和生君(8歳、鳴門市)、(中)竹村奈々美ちゃん(5歳、高松市)、(下)朝日萌恵ちゃん(2歳、広島市)と朝日翔一朗君(5歳、同)

 あのころ、薬草の本売りも毎年、来ていた。前のほうでうずくまっているわたしが呼ばれ、「この子の右手は、左手より一センチ長い。この本の薬草を飲めば、一カ月で左右が同じになる」と、講釈していたことを覚えている。

 野球をやっていれば、あたり前のことだが、後年、ワイシャツを注文するとき、サイズをはかってもらいながら少年のころを思い出させてくれたものだ。

 今年もお旅所の露天市をひと回りしたが、薬草の本売りはいなかったし、あのころの人出ではなかった。

 しかし、「雨が降らんでよかったなあ」とか、「ようお参りな」という話ことばや、町の人の人情は変わっていない。

 金ぴらの祭のあとの紅葉晴

 俳人合田丁字路の句だ。琴平の秋は「おとうにんさん」が終わると、駆け足でやってくる。

(2003年10月12日掲載)

※は○の中に金

作家・佐々木正夫氏

ささき・まさお 1926年琴平町生まれ。国鉄四国総局広報課長などを経て、現在、壺井栄文学館館長。「四国作家」「ずいひつ遍路宿」を主宰。61年に小説「機械の話」で国鉄総裁賞、71年には「讃岐の文学散歩」で香川菊池寛賞。95年県文化功労者、97年文部大臣地域文化功労者。2001年四国新聞文化賞。著書に「栄さんの萬年筆」など。

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