金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第25話

動く空間としてのこんぴらさん

本殿へ導く巧みな風景

建築史家・伊藤ていじ

石段が途切れ、緩やかな参道となる桜の馬場
石段が途切れ、緩やかな参道となる桜の馬場

 人間が走りながら、風景や町並みを体験するようになり始めたのは、昭和三十年代以後のことだと思う。昭和四十年には全くといってよいほど、そうなっていた。マイカーが全土に溢れていたからである。

 そして空間にたいする考え方が変わっていった。世界的にそうだったのである。この考え方については、英文術語もあるけれど、日本語なら「空間の連続」とか「動く空間」ということになるだろう。

長い石段の始まり
長い石段の始まり

 昭和三十三年、私はこんぴらさんを訪れた。でも私は、あの階段を上ってお参りするつもりはなかった。なぜなら私は身体障害者で、肺の片方がなく、残りの片方だって怪しげだ。階段も一段はいい。三段はもう駄目だ。

 門前町のところまで行ったら、駕籠(かご)かきさんがいた。いくらですかと尋ねたら、けっこうな値段なのだ。現在は違うようだが、当時は値切るものだと聞いていたので値切っていったら、かなり安くなった。

 そうか、これで本殿までの七百八十五段を上がれるなら、いいだろうと思った。日除けがつきでている門前町をすぎるとそこが大門だ。そして「ここがこんぴらさん」と言われた。そんなのないだろうと思ったけれど、大門の前まで来たのだ。境内に違いない。

大門をくぐると出会える「五人百姓」
大門をくぐると出会える「五人百姓」

 門をくぐると「五人百姓」のお店が、これがまあ、すてきなのだ。傘一本で店構えをつくる。このデザインには感心した。

 前方をみると石燈籠が並んでいる直線の参道だ。しかも平坦なのだ。そして、その突き当たりが目標地点と思った。

 ところがそうではなく、社務所群の地だ。がっかりしたが左をみると茶所と木馬舎がみえる。道も平らで近い。そこまで行く。

 と右上をみると、巨大な社殿の屋根がみえている。ははあ、これが終点の本殿だ。ここは急な坂で長いけれど、がまんするとしよう。ところがそれは、旭社だった。

 本殿はと尋ねると、森の中の直線階段を上りきると、そこが本殿だという。これは急で長い坂だ。戻るのは億劫だから、ゆっくりゆっくり喘ぎながら辿りついた。

 つまり私は、参詣路の空間構成の傑作にだまされて、登りきったということだろう。明暗、視野の大小、さまざまな建物、けっこう楽しみながら、登りきったことになる。

 それから二年後、東京で世界デザイン会議が開かれ、私は外国参加者に配る小冊子を作った。その中で、ほんのわずか「空間の連続」という概念を書きこんでおいた。

 そうしたら、アメリカの大学の先生が会いたいと言ってきた。この人は冊子を三冊も持っている。「俺たちの思想と同じだ。大学の先生にならないか」という話になった。「内容は自由だ」。それで先生になったのだけれど、昭和四十年になって、夏学期の授業で「日本デザイン・ツアー」をしようということで、財団から補助金も出て、そしてこんぴらさんへも来ることになったのだ。

(2003年9月21日掲載)

いとう・ていじ 1922年岐阜県生まれ。東京大学建築学科卒。同大助手、ワシントン大学客員教授などを経て、工学院大学教授、75年から同大学長。文化庁文化財保護委員、文化財建築物保存技術協会理事長なども務めた。八田利也のペンネームで建築論を展開。著書に『中世住居史』(日本建築学会賞)、『民家は生きていた』など多数。

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