金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第2話

石段が演出する文化財

安らぎ感じて一歩一歩

東京国立近代美術館長・辻村哲夫

 金刀比羅宮は、明治の廃仏毀釈(きしゃく)によって多くを失ったものの、質量両面において我が国屈指の文化財を所蔵している。

 重要文化財である表書院、奥書院などの建造物群、九十枚にも及ぶ重要文化財・円山応挙の襖絵(ふすまえ)、三十点近い高橋由一の絵画コレクション、おびただしい数の書画、彫刻、刀剣、甲冑(かっちゅう)弓矢、楽器、玩具、古絵馬、扁額その他の美術品、古文書、考古資料その他の歴史資料。そしてまた蹴鞠(けまり)の伝統。

 加えて、あの長い石段や石段の左右に立ち並ぶ灯籠(とうろう)や玉垣、大きな傘の下で、加美代飴(かみよあめ)を売る五人百姓のたたずまいも素晴らしい文化財であり、また、金刀比羅宮の神域全体が名勝天然記念物・象頭山の鬱蒼(うっそう)とした樹林の中にあることを考えると、金刀比羅宮全山が文化財だといっていい。

金刀比羅宮と石段。一段一段上ると心なごむ風景と出合える
金刀比羅宮と石段。一段一段上ると心なごむ風景と出合える

 金刀比羅宮の文化財には人々を引きつけるいくつもの特徴があるが、特に顕著なものを二つ挙げるとすれば、一つはなんと言ってもまずあの石段であり、もう一つはやはり庶民信仰の長い歴史と伝統であろう。

 金毘羅詣りをする人は右に折れ、左に折れて、前方に続く石段を見やり、また、眼下の眺めを堪能しながら、七百八十五段の石段を上ることになる。この石段には、これまで様々な思いを込めてここを上った多くの先人たちを思い起こさせる独特の雰囲気がある。

 この石段を数百段上ってほっと一息つく平地。そこに円山応挙の襖絵「瀑布及山水図」「遊虎図」「竹林七賢人」などのある表書院、伊藤若冲の「百花図」のある奥書院、そして、多数の美術品、歴史資料を収めた宝物館、金毘羅庶民信仰資料収蔵庫、学芸参考館などがある。石段の誠に心憎い演出と言わなければならない。

 金刀比羅宮が持つ庶民信仰の長い歴史と伝統は、ここに詣でる人だれもが感じるやさしさや親しみやすさを神域全体に醸し出している。そしてその雰囲気は文化財のそこここに感じることができるのである。

 宝物館の「金毘羅祭礼図」などはこの町に来て、お詣りの前に日ごろの疲れを癒やし、連れと楽しむ庶民の明るく、屈託のない様子を伝え、今の日常生活と重ね合わせて、見る者を思わず微笑(ほほえ)ませ、また古絵馬の一枚一枚が庶民の願いは今も昔も変わらないことを教えて、心なごませてくれるのである。

 高橋由一の「琴平山遠望」に見るとおり、象頭山・金刀比羅宮は讃岐平野のどこからも眺められ、そのなだらかでやさしい景観は見る者だれにも安らぎを与えてくれる。

 象の眼の笑ひかけたり山桜
           与謝蕪村

 金刀比羅宮の長い歩みとともに少しずつ蓄えられ、様々な努力によって大切に守られてきたこれらの文化財の一つ一つが今に生き、ここを訪れる者にその歴史を語りかけてくれている。金刀比羅宮が庶民の守り神であると同時に貴重な文化財の守護者として、今後ともこの重責を果たしていってほしいと思う。

(2003年4月13日掲載)

境内を散策する辻村さん
境内を散策する辻村さん

つじむら・てつお 1944年愛知県生まれ。67年文部省(当時)入省。75年4月から78年12月まで、香川県教育委員会義務教育課長、総務課長を歴任。その後、文部省初等中等教育局中学校課長、高等学校課長、大臣官房総務課長、審議官などを経て、96年7月から初等中等教育局長。99年7月から現職。

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