金刀比羅宮 美の世界

題字・米今正一

第13話

勝川春章「美人図」

浮世絵肉筆の正統継ぐ

学習院大学教授・小林忠

「美人図」の部分
「美人図」の部分

 日本美術史を学ぶ一人として当然のことながら、金刀比羅宮にはこれまで何度となく足を運んだものだ。表書院の円山応挙の襖絵(ふすまえ)や、奥書院の伊藤若冲(じゃくちゅう)の障壁画、そして高橋由一の油絵が多数収められた博物館。それは、とくに近世、近代の絵画史を専攻する私にとって、まさに宝の山に登ることを意味していた。

 今は亡くなられた先学、土居次義先生や吉澤忠先生に導かれての調査行もあったし、自身が教べんをとるようになって学生を連れての見学や調査でお邪魔したこともあった。

 金刀比羅の関係者の皆様は、その都度いつも私たちの学びの姿勢を歓迎して、あたたかく受け入れ、また指導してくださったことが、昨日のことのようになつかしく思い出されてくる。ここのところ十年以上もの長い間すっかりご無沙汰してしまったのは、年齢を重ねて何かと横着になってしまったせいだろうかと、反省されるばかりである。

 さて、再見したいと願われる金刀比羅の名宝は、先に挙げたような極め付きの名作群だけでもない。たとえば、かつて博物館の壁上で出会うことを得た一見ささやかな肉筆浮世絵もまた、かけがえのない作品として鮮やかに脳裏に浮かんでくる。

勝川春章「美人図」
勝川春章「美人図」

 それは、勝川春章(一七二六―九二)という絵師の、かつては絵馬としてお宮に奉納された額装の美人画である。絹の地に濃厚な色彩で描かれたその絵は、絵馬という性格からかつては戸外に掲げられていたはずで、絹地の一部が欠失したり絵の具が退色したりするなど、現状は痛々しいほどにやつれて見える。

 しかしながら、吉原の高位の遊女が正装して立ち、お付きの少女が猫を胸に抱いて可愛がる様子を見下ろすその姿と風情は品格が高く、みやびに美しい。かたわらには大きな白い陶器の壺に満開の桜の枝が生けられて、画中の主人公の人生の春と、季節の春とが、誇らしく謳歌されているのである。

 勝川春章は浮世絵肉筆美人画の正統を受け継いだ画家で、その作風は門人の葛飾北斎にしっかりと伝えられていく。

 この絵が金刀比羅宮に奉納された時期は、裏面の墨書銘によって、天明三(一七八三)年十月、今からちょうど二百二十年前のことと知られる。江戸からはるばる運ばれてきた浮世絵の名画が、かくも長い間、命を長らえてくれたのである。痛ましい損傷にもかかわらず、なおあでやかさを失わない美神に再びお目にかかれる日が、近く実現するであろうことを願うばかりである。

(2003年6月29日掲載)

こばやし・ただし 1941年東京生まれ。東京大学大学院修士課程修了。名古屋大学文学部助教授、東京国立博物館情報調査研究室長などを経て、学習院大学文学部教授、千葉市美術館館長。著書に『江戸絵画史論』(瑠璃書房、サントリー学芸賞受賞)、『墨絵の譜』(ぺりかん社)、『江戸浮世絵を読む』(ちくま新書、筑摩書房)などがある。

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