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豆腐(32・8×45・2センチ、1877年)
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琴平には路上観察学会の香川県観察のとき、はじめて訪れた。こんぴらさん、というのは子供のころから耳に入っていたが、そうか、漢字では琴平と書くのか、とはじめて認識した。ところがこの地の中心の宮は金刀比羅宮となっている。え、そうなのか、と思っていたら、金毘羅詣りという書き方もあって、まあ要するにこんぴらさんというのが総称なのだろう。
金刀比羅宮は長い石段が有名だが、そこをちょっとだけ登って横にそれた辺りに、金刀比羅宮博物館がある。そこに何故か高橋由一の油絵を集めたコーナーがあり、それを日本美術応援団で見に行った。それが琴平を訪れた二度目だ。
高橋由一の油絵は、教科書で習って、ふーん、と思っていた程度だったが、大人になってから何だか凄いファンになった。「鮭」もいいけど「豆腐」がいい。「なまり節」もいい。「左官」も凄い。何だかタイトルを並べると普通のものばかりだが、その普通が凄いのだ。
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左官(33・4×44・1センチ、1875―76年)
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普通というのは、普通は気にもとめずに通り過ぎるだけだが、高橋由一は通り過ぎずに、じっとしゃがみ込んで見つめる。まず普通を見つめて、そこに通り過ぎてばかりいた目の下にある、普通の結晶体のようなものを油絵具で掬い出すのだ。
子供のころ樹の上で鳴く蝉を、竿の先のトリモチでくっつけて捕獲していたみたいに、筆の先につけた油絵具で、豆腐やなまり節という普通の結晶体を、見事にくっつけてキャンバスの上に定着させる。
要するにその材質感が凄いのである。普通なら見過ごしてしまう普通というものの表面が、ありありと、細密に、キャンバスに並べられている。
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なまり節(41・4×54・8センチ、1877年)
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といっていわゆる細密なだけの絵に感じるようなしつっこさはない。それこそトリモチみたいな油絵具でさっと、一気に持ってきたような、その心地よさが尋常ではないのだ。
細密画ということだけなら、時間さえかければ出来ていくが、由一の油絵を間近に見ると、意外にも筆づかいは大まかで、ざっくりした感じにあふれている。つまり細密な絵ではあるけれど、そこにあるのはむしろ由一の目の細密さなのだと思う。日常の物を見る目の細密さが、絵の細密な技術を上回ってあるといえばいいのか。
だから材質感のことでも、描かれた豆腐などの材質感もさることながら、それを描いている油絵具の材質感が気持いいのだ。名画たる所以である。
高橋由一は日本の油絵創成期の第一人者、ということで教科書的に記憶されるが、そういう肩書き的なことを抜きにしても、油絵それ自体がいいのである。
(2003年8月10日掲載)
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