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瀬戸内物語 北川フラム

(17)西行と善通寺 胸の内の救い求めて

2012/05/26

弘法大師生誕の地である総本山善通寺の御影堂。西行も、そして白洲正子も訪れた

弘法大師生誕の地である総本山善通寺の御影堂。西行も、そして白洲正子も訪れた

 後白河法皇の撰(せん)になる『梁塵秘抄』は、現代風にいえば、国内線の飛行機内で選曲できる当代ヒットチャートのようなもので、古い歌謡曲もあれば、キッズソング、クラシックと多彩で、つかの間の雲上人となっていい気分でいる私たち庶民が愛好していたものです。その今様の中に、

 讃岐の松山に、松の一本歪(ひとものゆが)みたる、捩(もぢ)りさの捩(すぢ)りさに猜(そね)うだる、かとや、直島の、然許(さばかん)の松をだにも直さざるらん

 があります。意味は、讃岐の松山に、身をよじらせ、曲がりくねりながら恨んでいる一本の松の木がある。これは崇徳院が最初に遷された「直島」にかけ、その松の木一本さえ直すことはできないと、当時の民衆がひそかに上皇に同情を寄せ、朝廷の措置を批判していた流行歌なのです。以来、「讃岐の松山」は悲劇の象徴となり、崇徳院は「讃岐の院」といわれるようになった、と白洲正子は『西行』の中で述べています。私は、この稿を白洲さんの『西行』に導かれて書いています。

 浜ちどり跡は都にかよへども身は松山に音(ね)をのみぞなく

 崇徳院のこのような歌に接する時、血みどろの詮無き運命の定めとはいいながら、人々は院への同情の涙を禁じ得ず、世を捨て高野山にいた西行も可能な限り、慰めの歌を院に送り続け、その死後、崇徳院の廟(びょう)に参じた話は前回した通りです。『西行』の西行はここから始まります。それが今回の主題です。

 白峯山で上皇の怨(おそ)れる魂に語りかけた後、西行は弘法大師の生誕の地善通寺に詣でるのですが、それは胸の内のやりきれなさを大師にぶつけ、救いを求めるためでした。

 西行の足跡をたどって現代の旅人である白洲さんも善通寺の「誕生院」を訪ね、そこで蛇の目を作っている傘屋に行き、そこで教えられた通りに、弘法大師が自ら掘り「玉の泉」と称した場所を探し当てます。ここは西行が住んだ場所でした。西行はこんな歌を詠みます。

 岩に堰(せ)く閼伽井(あかい)の水のわりなきに心すめとも宿る月かな

 ここで白洲さんの文章を引きます。

 「岩に堰かれた水に自分の姿を見、弘法大師を月にたとえて、両者が出会うところに悟達が生まれると歌ったのであろう。西行は感情が溢れるままに歌い捨てたので、時には意味の分からない歌もあるが、それはそれなりに西行の中では完結していた。ほかに表現の仕様がなかったからで、生きた言葉とはそういうものだと思う」

 西行はこの辺りで数年を過ごし、小嶋(児島)に行って次の歌を詠みました。

 立て初(そ)むるあみ採る浦の初 竿は罪のなかにもすぐれたるかな

 ここには、『忘れられた日本人』を書いた宮本常一に先行するまなざしがあります。「漁師のなりわい、手仕事の動きや道具に注意を払い、どんな小さなことも見逃さず、彼らと親しく交わりながら『詞』を発見して行く」西行を白洲さんは敬慕しています。人に対する「愛情とユーモアを持たなくてはこれは出来ないことである」とも。

 最後に、うれしい文章を。

 「(西行は)名もない海人や山賤(やまがつ)の暮らしにも、暖かい目をそそいでいたのである。特に讃岐に住んでからその傾向が強くなったように見えるのは、年齢のせいもあるだろうが、孤独に徹した山の生活がもたらしたものに違いない。西行は、いわば上から下へ降りて来たのである」

(アートディレクター)

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