ようやく訪れた決戦のとき。待ちわびた半面、歩むべき道を見定める貴重な4年間でもあった。「官僚主導、利益誘導の古い政治文化を打破する」。まなざしに迷いはない。前回衆院選では比例区で復活当選。3度目の今回こそ選挙区での勝利を誓う。
1年生議員として幾多の壁にぶつかった。国会は権力闘争の場でもある。だが政治を変えたいという初志はより強固になった。高度成長を成し遂げた55年体制を評価しつつ、「日本の“青春時代”は終わった。旧来の政治手法ではもはや現実に対応できない」と説く。総務官僚時代からの危機感は確信に変わった。
内ポケットにいつも文庫本を忍ばせている。理想の政治家像を模索するうち、自然と古典に当たるようになった。「命もいらず、名もいらず…」。敬慕する西郷隆盛の遺訓の一節を口にしながら思わず涙ぐむ。生来の熱血漢ぶりは健在だ。
集会では政権交代を声高に叫ぶその前に、ボランティアの労をまずねぎらう。「人間って生き物はすばらしい」。徒手空拳で国政に打って出て6年。多くの人に支えられている事実に感動してやまない。2女の父。高松市円座町。38歳。 |
党は当初、1区での候補者擁立を見送る方針だった。しかし、景気悪化の影響もあり「生活する金がない」「解雇された」など党県委員会への相談が日増しに増加。「県都のある選挙区で自民でも民主でもない道を示す必要がある」。県全域に共産党の波を起こすため解散間近と騒がれた3月、出馬を表明した。
国政挑戦は4度目で、初陣は1996年の1区、以後は2区に2度出馬。13年ぶりの1区は「当時より商店街にシャッターが目立ち、活性化が進んでない印象」と語り「久しぶりだが不安はない。2区よりも多い労働者やお年寄りらを中心に訴えたい」と意気込む。
入党のきっかけは、人一倍強いという平和への思い。原点は高校時代、8月6日にヒッチハイクで訪れた広島。大学進学後は平和行進などに参加し、民主青年同盟県委員長も務めた。
蟹(かに)工船ブームや雇用不安などから党への期待はかつてないという。「自公政権に審判を下せるチャンス。政権選択でなく日本の進路を選ぼう」。半年間、200カ所以上で街頭演説をこなす中で顔はすっかり日焼けした。座右の銘は「真理は勝つ」。2男1女の父。高松市神在川窪町。50歳。 |
与党への強烈な向かい風が吹き荒れている。「議席死守への思いは誰にも負けない。地域の未来に責任を持って具体的な仕事をやり遂げるだけ」。風にたじろぐかのような党中央の混乱をよそに、香川の地に足をつけ続ける保守政治家の誇りをのぞかせる。掲げる旗印は「論より実行」。
2000年の衆院選で初当選、以来連続3期。党経済産業部会長、国土交通副大臣と実績を積み上げ、現在は党政務調査会副会長。中堅の政策リーダーとして存在感をみせる。「現在の危機は政権交代ではなく、自民党改革派の台頭で乗り切れる」。その中心に立つ自負と覚悟が、精悍(せいかん)な表情をさらに引き締める。
自民党の強みを「地域とのつながり力」と表現する。「田んぼのジャンボタニシの駆除からダムの建設まで、国県市町の議員が地域のニーズをくみ上げて政策を実行するネットワークと懐の広さ」。ユーモアを交えた説明もよどみない。
元労相の父・卓志氏が先月、永眠した。国を憂い、香川を愛した父から最期に託された言葉は「頑張れ」、そして「ふるさとを守れ」。遺志を胸に刻み、惜別の涙を汗に変えて決戦に臨む。高松市錦町。51歳。
|
宗教法人・幸福の科学を支持母体とする幸福実現党から香川1区に挑む。第一の公約に景気回復を掲げ、「幸せな暮らしの実現には心の豊かさはもちろん、経済的なゆとりも必要」と意気込む。
景気回復に向けて訴えるのが、消費税や相続税、贈与税の廃止。「消費税率の引き上げは、景気を悪くするだけ」と与党の考えを批判。国民の経済的負担を軽減することで消費拡大、税収アップを図る。
「高松は住み心地が良く素晴らしい街。中央商店街などを活気づけたい」。大阪から移り住んで17年。空き店舗が目立つ商店街の現状を憂い、かつてのにぎわいを取り戻したいと願う。
北朝鮮の核の脅威から国民を守るため、憲法9条を改正し、防衛権を明文化することを力説する。
5月の立党以来、出遅れを取り戻そうと、街頭演説やあいさつ回りに奔走。日に日に手応えを実感しているという。
1995年に入信し、2007年から同法人高松支部長。証券会社に勤務した経験もある。趣味は読書のほか、「旅先で人と触れ合えるバイクツーリングが好き」。大阪市出身。高松市太田上町、47歳。
|