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県勢のセンバツ回顧 聖地へ13校

最終更新時間 2016/03/17

57勝57敗の五分 優勝は3度

 本格的な球春の到来を告げる選抜高校野球大会。高松商、小豆島の2校が挑む今回で大会は88回目を迎える。県勢は昨大会までに13校が出場し、戦績は114試合で57勝57敗の五分。過去3度の全国制覇、2度の準優勝、4度の4強入りを果たしている。讃岐球児の春の歩みを振り返る。(文中敬称略)

高松商 最多25度
 昨大会まで13校の出場回数は60度。高松商が25度と群を抜き、次いで丸亀商(現丸亀城西)9度、坂出商7度、尽誠6度、高松(高松中時代を含む)4度、志度商(現志度)2度と続き、高松一、高松西、観音寺中央、丸亀、三本松、香川西、英明が各1度となっている。今大会で高松商とともに小豆島が初出場することで、県勢の出場回数は14校62度、1大会2校出場は7度目となる。

第1回大会制覇
 「春はセンバツから」と言われるが、選抜大会は高松商から始まったと言って過言ではない。
 第1回大会(大会名は第1回全国選抜中等学校野球大会)の優勝校として広く知られるが、第1球を投じたのは、開幕戦で後攻めだった高松商の松本善高。さらにこの試合では一回裏に先頭打者の野村栄一が大会第1号本塁打をマーク。記念すべき1勝目も手にした。加えて九回に2点差を逆転し、初のサヨナラ勝ちもつくおまけ付きだった。
 ちなみに1924年春に行われた第1回大会は愛知県名古屋市八事の山本球場で開催。この年夏に甲子園球場が完成して以降は舞台を移した。高松商は初めて甲子園で行われた翌年の第2回大会でも準優勝した。

戦前出場は5校
 県勢が初めてダブル出場したのは、第5回大会の高松商と高松中。高松商はこの年4強まで勝ち進み、高松中は県勢として2校目の出場を果たした。戦前に出場がかなったのは、ほかに3校。坂出商、丸亀商、志度商の順に春の夢舞台に立った。
 戦後初勝利は49年に初出場した高松一。その後は若宮誠一監督の下、高松商が第2黄金期を迎え、出場回数を重ねた。60年の第32回大会では主将山口冨士雄の甲子園大会史上初となる優勝を決めるサヨナラ本塁打で県勢の戦後初優勝を飾り、第33回大会でも準優勝を果たした。高松商は65年にも4強入り。71年は坂出商が5度目の出場で初の4強に進出した。

初出場で頂点に
 70年代後半から80年代後半にかけて一時代を築いたのは丸亀商。77年は8強、80年はベスト4まで勝ち進んだ。橋野純監督のもと同時期には計6度の出場を果たし「春の丸商」と呼ばれた。86年には初出場した高松西の河田哲也主将が県勢初の選手宣誓を務めた。
 90年代のハイライトは橋野監督が率いた95年の第67回大会に挑んだ観音寺中央。初出場優勝の快挙を成し遂げ、純白のユニホームで全力疾走する姿は全国でも話題となった。
 2000年以降、県勢は苦戦が続く。最後の県勢勝利は02年に8強入りした尽誠。以降は四国の厚い壁に阻まれて出場すらままならず、05年に高松が21世紀枠、三本松が希望枠でダブル出場したものの、一般枠での選出は11年の香川西まで遠ざかった。
 今回挑む高松商、小豆島の2校が近年の低迷を打ち破ることができるのか。戦いぶりに注目が集まる。

第1回高松商 1924年の第1回大会を制した高松商ナイン

第1回高松商 1924年の第1回大会を制した高松商ナイン

第32回高松商 1960年の第32回大会を制した高松商ナイン

第32回高松商 1960年の第32回大会を制した高松商ナイン

第67回 観音寺中央1995年の第67回大会を制した観音寺中央ナイン

第67回 観音寺中央1995年の第67回大会を制した観音寺中央ナイン

 

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