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第3部 定年からが人生だ(14) 番外編 よみがえる青春の志 
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 定年後をどう生きるかは多くの人々にとって普遍的なテーマといえる。日本人の平均寿命は二〇〇二年に女性が八五・二三歳、男性は七八・三二歳に達した。時間はたっぷりとある。やる気と蓄えさえあれば、大抵のことにチャレンジできる。

富岡静男さんが描いた抽象画。画題は「業(逆らえざるもの)」。目を射るような赤が印象的だ
富岡静男さんが描いた抽象画。画題は「業(逆らえざるもの)」。目を射るような赤が印象的だ

 さりながら、中高年には受難の時代だ。終身雇用、年功序列の慣行は崩れ、リストラの危機が襲う。早期退職などで定年を待たずに職場を去ることが常態化している今、再出発を迫られる局面はいつどんな形でやってくるか分からない。
 「定年からが人生だ」をタイトルにした年間シリーズ「青い鳥さがして」第三部で、取材班は信じる道を生き生きと駆け抜けている退職者十三人に会い、じっくりと話を聞いた。その言葉には人生行路の先達として胸に響く文脈が数多くあった。
 紹介した退職者の共通性に迫るとすれば、若い日に描いた志が定年後の生き方に深く結び付いている点が挙げられる。
 ヨットで日本一周を果たした元銀行員の細川和俊さん(63)は大学時代にヨット部に所属。発展途上国で農業の技術指導をしている元県職員の佐々木省三さん(62)は新天地研究会に入っていた。元小学校長で本の出版を目指す奥村学さん(65)は中学生のころ、物書きになりたかったという。
 組織のくびきから放たれ、忘れかけていた夢にようやく踏み出せたということだろう。
 しかし、大部分の退職者はあり余る時間に戸惑いを覚える。無趣味の「仕事人間」ほど居場所を失って、目的も気力もなく引きこもってしまいがちだ。
 奥村さんは退職直後、毎日の時間割をつくって生活した。「国語は小説を読む、音楽はクラシックを聴く、体育はプールで泳ぐ、家庭科は料理を作るというようにね」。教師だった習い性なのだろうが、自らを律し時間を有効に使えたという。
 役所や大企業の管理職経験者などには退職後、社会や地域にうまく溶け込めない人が少なからずいる。過去の栄光にこだわりがあるためなのか。
 佐々木省三さんは違う。「元農業改良普及センター所長」などと在職中の肩書で紹介されることを嫌がる。「もう、ほうっておいてほしいと思いますよ。済んだ話なんだから」。
 合唱団の指揮者で元中学校教諭の佐々木辰子さん(68)も終わったことはさっぱりと忘れる。「モットーは『いつも前へ、前へ』。この年になっても先のことばかり考えています」。
 地域の人たちとのきずなの大切さに気付かされたのは、大阪から東かがわ市に移り住んだ池田雅夫さん(59)、信子さん(58)夫妻。「庭でいると通りがかりのお年寄りが声を掛けていく。ここには本当に時間が止まったような昔の良い人付き合いがある」としみじみと話す。
 いかに自分らしく生きるか。在職中から定年後への備えをしておく必要性も感じ取れた。
 「作品づくりは自分探しの旅です」。抽象画を描き、海外で高い評価を受けている富岡静男さん(66)が絵を始めたのは五十五歳を過ぎてからだった。
 連載中、読者から多くの手紙やファクス、メールを頂いた。
 佐々木辰子さんの合唱団には「参加したい」といった問い合わせが十件近くあった。退職後の孤独を癒やすには、同じ時代を過ごした仲間の存在が何よりの支えになる。元会社員の太田光夫さん(61)が広めている足もみの健康法への反響も大きく、四国新聞社と本人への連絡は二十件を超えた。
 第二次大戦終戦の年に生まれた世代が、ことし五十八歳。「戦争を知らない大人たち」の定年像は様変わりしていくだろう。哀愁漂う終着駅ではなく、実り豊かな人生の始発駅に。
 =第三部おわり=
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 福岡茂樹、黒島一樹、谷本昌憲、岩部芳樹が担当しました。

(2003年9月5日四国新聞掲載)

 
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