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瀬戸大橋記念公園マリンドーム(坂出市番の州緑町) 香助らが開いたうどんイベント会場。バックの瀬戸大橋が雄々しい。 |
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松井製麺所(丸亀市土器町) 主人公・香助の実家。父・拓富が頑固に味を守り続けたうどん屋。 |
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三島製麺(まんのう町川東) 香助と恭子がうどんの魅力と運命的な出合いをした製麺所。 |
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金刀比羅宮(琴平町) 香助らと讃岐高校うどん部員がカロリー消費のため石段を駆け上がる。 |
ブームはここから!!読めば深まるうどんの世界(価格はいずれも税別)
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「麺通団のさぬきうどんのめぐり方」 団長が満を持して発売する「超麺通団3」。中讃黄金モデルコースなど内容も充実、全ページに田尾節さく裂。 (田尾和俊著・西日本出版社・933円) |
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「うまひゃひゃさぬきうどん」 ネット発のうどん本。東京育ちの著者が本物のさぬきうどんに出会い、妻と娘を連れて名店発見の旅に出る。 (さとなお著・光文社知恵の森文庫・533円) |
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「辺境・近境」 あの村上春樹の紀行文集にも「うどん屋を巡る冒険」が登場。特徴ある文体でつづられた一編からは、うどんへの敬意が感じられる。 (村上春樹著・新潮文庫・476円) |
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「恐るべきさぬきうどん」 TJ Kagawaに掲載され、斬新な店選びと爆笑コラムで大人気となった穴場探訪記。映画「UDON」はここから始まった。 (あわわ・1048円) |
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「UDON オフィシャルガイド」 |
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「UDONバイブル―映画「UDON」とさぬきうどんを味わい尽くす!」 映画「UDON」のストーリー紹介のほか、本広克行監督、キャスト、プロデューサー、スタッフへのインタビューを収録。 (日経エンタテインメント編・日経BP社・1000円) |
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「小説UDON」 BIG!になるため香川を飛び出しN.Yへ渡った香助だが、挫折し夢半ばで帰国。そんな彼を大嫌いな故郷で待っていたのは、優しい姉と頑固な親父、昔と変わらぬ友人たち、そして温かい「うどん」だった。 (東野ひろあき著・メディアファクトリー・1000円) |

香川が楽しい場所だとPRできればうれしい 本広克行監督
―うどんを見事に娯楽大作に仕上げた。
「大作にするつもりはなかった。ロケもニューヨークと香川、それも中讃地区と範囲は狭い。(出身地の)丸亀市を中心に撮影したが風景がよく、やりやすかった。見た人はいいところだとか、行ってみたいと言ってくれる。これを機会に香川が楽しい場所だとPRできればうれしい」
―テーマも盛りだくさんの内容だった。
「うどんのトッピングのように、見た人がテーマを選ぶような作品にしたかった」
―エピソードもふんだんに盛り込まれていた。
「90%が実話。映画を作るにあたりまず研究者を訪ね、うどんの協会を訪ね、最後に行き着いたのが田尾和俊さんだった。田尾さんの話はどれもネタかと思うくらい面白く、まとめてオムニバスにしようかと思ったくらい」
―中でも「家族」はメーンテーマの一つだった。
「ネタをまとめる軸になった。昔はうどん屋といえば低く見られがちで、実際に家出をした娘がいたそうだ。それがブームと一緒に帰ってきたという話がある。なぜ帰郷したのか、その答えを主人公に集約した」
―手応えは。
「試写会を見た人は、まず戸惑って、後からジワッとくるようだ。新しいモノは賞賛よりも戸惑いが先に立つというから、僕の意図に、モロにはまっていると思う」
―監督にとってうどんとは。
「あまりにも身近なもの。東京では全然食べなかったが、大人になり帰ってきて食べてみると、味の記憶がよみがえって、感動してしまった」
―次回作の構想は。
「香川のアートをネタに、何かやれないか考えている」
―最後にメッセージを。
「県外の人に香川に行きたいと思ってもらえることは非常に大事。彼らにさぬきのソウルフード『うどん』を自慢してもらいたい」

田尾和俊麺通団団長 この映画、たぶん讃岐うどんの歴史に残りますね!!
三年くらい前のある日、麺通団員のA藤から私に「うどんの話が聞きたいいう人がおるんやけど、時間取れる?」という電話がかかってきたのである。ま、うどんの話ならお手のものなので、はいはいいいですよー、てなもんで大学の食堂の横の休憩スペースにお迎えしたら、それは東京からのお客さんで、何と「うどんの映画を撮りたい」というとんでもない話であった。
やって来たのは本広監督と製作スタッフのみなさんであった。実はA藤と本広監督は旧知の仲で、そっちのラインから私が捕獲されたというわけである。その時の本広監督はたぶんまだ映画の内容については手探り状態で、とにかく何でもいいから讃岐うどんのことと、今の讃岐うどん巡りブームの中にあるいろんなエピソードと、ブームのきっかけを作った者として私が何をしてきたか、という話をしてくれということで、何時間か聞かれるままに話をしたのである。当時の私の感想は「うどんが映画になるかあ?(笑)」。
それからあっという間に二年くらいたちました。途中、『サマータイムマシンブルース』の撮影と公開があったりして、うどんの映画については「脚本を書き直してる」という情報が入ったくらいで、私はすっかり映画の話を忘れていたら、去年の七月、突然eメールで最新の脚本の文章が送られてきた。続いて琴平で監督たちに招集をかけられて私とA藤が行ってまたいろいろ話をしたら、年末に修正した脚本原稿が送られてきた。一月にまた招集かけられてA藤と一緒に行って何時間もミーティングしたら、怒とうの追い込みで三月ごろに最終の脚本が送られてきた。それを見た私の感想は「うどんが映画に、なりそうな気はするなあ(笑)」。
こないだ試写会を見てきました。文字原稿から、さらに化けていました。本広監督、うどんを映画にしよった(笑)。この映画、たぶん讃岐うどんの歴史に残りますね。(四国学院大教授)